先々週から先週にかけての2週間は、妻とほとんど会話を交わすことができなかった。先々週末は実家の広島に戻って、母親に対して今後についての報告と父の17回忌。そして、離れて暮らす娘との再会を果たしていた....。
そのまま新会社の営業開始に向けて、移転や業務を並行して行ったこともあり、僕の帰宅は深夜0時を回ることはざらで、家に戻るころには、この春から医療系の大学で准教授として教鞭をとる妻は既に就寝済み。僕が朝、起きる頃には、妻は既に出勤済みということで、本当にまったくのすれ違い夫婦となってしまっていたのである。
昨日の朝、ようやく二人で一緒に朝食をとりながら、引越し、移転、新しい環境についてようやく話をしながら、昨日から始まる4日間のつかの間の休日をどう過ごすかについて話し合った。
妻は、僕が激務に励んでいたことに対して、「本当にお疲れ様!」と労いの言葉をかけてくれ、それ以上は何も仕事に関して深く言及することはなく、いつも以上に穏やかに優しく接してくれた。
何処かゆっくりと寛げる公園に出かけたいという妻のオーダーに答えて、僕は「雨上がりの浜離宮散策」を提案した。
そんな矢先、非常にショックな連絡が母の姉である伯母から入ってきた。母親が、激しいめまいと吐き気を訴え救急車で運ばれたというのである.....。広島には戻ったばかりだし、既に新会社は営業を開始しここで再び広島に戻るというのは正直難しい。けれど、妻のほうから、「私たちにはあと4日ある。その4日だけでも広島に戻ってお母さんのためにできることを精一杯やろう!」という風に提案をしてくれた....。
僕は広島に戻る準備をし始めたところ、伯母から再び電話をもらい、「意識もはっきりしていて、言語にも障害が無く、脳に異常がないことが検査でわかった。心配しなくて良いので、Koheiは東京で仕事を頑張りなさい。」という連絡が来た....。
医療従事者(看護師)経験を持ち、今もその第一線で次代を担う医療従事者の育成に務める妻は、僕に代わって電話で伯母とやりとりをしてくれて、伯母の話から母の病状について僕に対して説明をしてくれた。
母親の病状というのは、CTを取った段階では脳に血瘤や出血は確認できなかったということで命に関わるような危険な状況ではない。従って、クモ膜下出血や脳血栓という可能性はほぼ無いと言えるが、眩暈や吐き気が収まらないということは、もしかすると脳溢血の前兆かもしれない.....。但し、脳溢血というのは、誰にでも起こりえる病気なので、薬の投与や食生活等によって十分に改善できる。決して良い状態ではないけれど、危険な状態ではないとうことを僕に説明してくれた。
改めて僕は、ここで自分の妻が”プロフェッショナル”であるということを強く認識させられることになり、改めて尊敬することとなった....。
結局、伯母と妻の話し合いによって、我々はこの休日を休日として活用することにして、「浜離宮」に出かけることにした....。
浜離宮。かつて徳川将軍が出城として建造した後に、東京湾に面した「宮」として受け継がれた名勝は雨の匂いと様々な木々や草花から放たれる清流な空気が混ざり合う、まさに都心におけるくつろぎのオアシスであった。
僕らは、草木や花々、そして海水が引き込まれた池に生息する魚や小動物、そしてそれを啄ばむ鴨や白鷺などの様々な生き物に接しながら日常の喧騒からしばらくの間、開放されることができた。
その後、カレッタ汐留で食事をした後、銀座に移動して母への見舞いの品と北海道の義母への母の日のプレゼント選びを行うものの、気に入った品に逢えず、丸の内線で新宿に移動して、伊勢丹や高島屋を覗いたけど、結局、妻が納得する品には逢えず、課題を今日に持ち越して、高円寺に戻り、行き着けの店で食事をして、自宅に戻った。
今日は僕が髪を切りに出かけている間に、彼女は吉祥寺に出かけ課題を解決するそうである....。
それから戻って一緒に掃除し、洗濯をして、家事を済ませ、明日は以前から気になっていた小江戸情緒の残る川越に出かけるか、二人にとってお気に入りの街、鎌倉に出かけようかなどと思案しているところである....。
僕が仕事において広告のプロとして存分に仕事ができるのも、自分もプロフェッショナルとしてその一線で活躍しているにも関わらず、家事や家族への配慮を欠かすことなく毎日をきちんと丁寧に暮らしてくれている妻のおかげであるとつくづく感謝している。
彼女だって、僕に言いたいことやして欲しいことに関しての不満はきっとあるはずであるが、2週間ぶりの共有する時間の中で、一言たりともそれを口にすることはなく、色々と多くの気遣いを施してくれた。
かつて結婚を失敗した経験を持つ僕は、かつての結婚が互いの我を張る場所が家庭であるというまったく誤った見解でいたことをつくづく思い知らされた。互いに生活環境もその歴史も異なる二人が生活を営むというのは、妥協しあうではなく、互いを労わりながら補完しあうことなのである.....。
しかし、やはり僕ら二人もここに来て互いの両親の健康不安という問題に直面することとなる....。
自分がようやくなんとか生きる道を確立した頃にこうした課題に直面するというのが、まさに人生のライフサイクルなのであろう....。
かつて「男子、厨房に入るべからず」であるとか「父権、や男子としての威厳の崩壊」などが取り沙汰されたことがあるけれど、とにかく時代は大きく変化し女性の社会進出も顕著となった今、互いが互いの道を確立するために家庭とはその背景を支える重要な場であると認識している。
「メシ、風呂、酒」などと号令をかければ目の前にすべて揃うという前時代的な習慣はすべて過去のもの。互いが互いを補完しあって、ようやく社会における自分というのがプロとしてその第一線での闘いに集中することができるのである....。
この2週間余りのすれ違いを単なるすれ違いに終わらせることなく、しっかりその距離を埋めることに尽力してくれた妻には頭が下がると同時に、僕も家庭がその重要な場であることを再認識した上で、僕のできることはきちんとやらねばならないなぁと、少し反省しているところである。
彼女はまだ、深い眠りの底で寝息を立てている....。
今日は僕が、豆を挽き、珈琲を淹れて、その目覚めを心地よく迎えることができるよう厨房に立つことにする。