はじめに
今回どうして
35歳からモテ出す「非常識なコミュニケーション法」書いたかと言うと
私は幼少期、自分の声を聞かない日があるほど無口でした。
そんな私が、なぜ今では人前で楽しく話せるようになったのか。
小学校の時は、人と目を合わせて会話できなかったり
人前で話すと緊張で汗が止まらなくなってました
親が心配して休日に学力が追い付いてない子や
コミュニケーションが苦手な人や子共が集まるフリースクールに通ったりしてて
同じようにコミュニケーションや
人見知りに悩んでる方が多いのでは?と思い
今回書いてみました
もし35歳のあなたが、
「もう結婚は無理だろう」
「恋愛を出来る年齢じゃない」
そう思っているなら、
これを読んでいただき
これは過去の話ではありません。
かつての私と、今のあなたの話です。
実際に総務省の調査では約70%の人が「コミュニケーションに苦手意識がある」とデータが出てるのです
けど、フリースクールに通っても人見知りは治らず小学校、中学校と
友達は出来ても関係性は深まらず、今でも連絡とってる友達と呼べる人は出来ませんでした。
自分はどうして、人と会話するのが苦手なんだと
悔しくて自分に嫌になってました
中学3年生の時に進路を決めなくてはならない時に
僕は中学を卒業したら就職しようと決めていました
学校に行ってもコミュ症が出て人と話せず孤立してしまうし
人とあまり関わらたくないから
卒業したら1個上の先輩が大工をしてたので
そこで働こうと決めてました
現場の仕事なら、人とコミュニケーション取らなくていいだろうと
甘い考えでした
そんな僕を親が心配して
1つの高校のパンフレットを渡してくれたのです
その高校はかなり変わった学校で
全国から人が集まり、集まる生徒も、引きこもりで学校行けなかったり
高校を1回行ったことある生徒など、色々な悩みを抱える生徒が集まる学校です
TVにもなってて面白そうだし、その当時の僕は早く自立して家を出たかったので
その高校は全寮制の学校だったので、行く事に決めました
その学校で自分の人生を変える人と出会ったのです
その人を知った時僕の人生が変わり始めました
いざ入学して寮のみんなで集まり1人1人挨拶をする事になりました
初対面の自己紹介が本当に苦手だった私は
いざ話す時に、注目されるのが嫌で
何を話せばいいかわからなくなり
結果自分だけ名前だけ言って終わるという
何で自分はこんな話せないんだと嫌になり
1人で部屋に引きこもってました
そんな暗いスタートから始まった高校生活
やはり学校に馴染めず友達も出来なかったので
すぐに寮に帰ってTVばかりを見てました
それが一番安らげる時間だったのです

日曜日の夜にやってる番組を見ていて
とある人物に衝撃を受けました。
後に自分が一番尊敬する事となる人で、今は引退してメディアから離れてますが
その当時は冠番組などをたくさん持ってた島田紳助さんの存在を知ったのです
・こんな面白い人居るんだ
・何でこんな人前で堂々と話せるだろう
そう憧れを抱くようになり
紳助さんが出てるTVを全部録画して
休みの日は溜まった録画を見る様になりました
すると、高校生の時に
人前で話すなんて絶対無理と思ってた私が
・学校のライブ出てみよう
・学祭のイベントの未成年の主張という企画があり
全校生徒の前で好きな人に告白や自己主張するイベントです
そのイベントに自ら出るようになり人前に出るのが楽しく思えるようになったのです
心理学的にも“憧れの対象”は強い動機づけになり、繰り返しの視聴はイメージトレーニング効果を生むとされています
今思えばただの目立ちたがり屋でした(笑)
後に高校の卒業文集の将来の夢に大物になるって書いてました
次回!35歳でも、20代の女性が「また会いたい」と感じる会話術