実は、
草取りには、
少し”罪悪感”があるのです。
草も
与(あた)えられた場所で、
懸命に生きているワケです。
根を張り、
茎を立て、
葉を茂(しげ)らせる。
どの草も、
自分が選んだ場所では、
無いでしょう。
たまたま、
種子が、
その場所に至った。
あるいは、
どういうワケか、
茎の一部が、
その地に至った。
これは、
運命のなせる業(わざ)でしょう。
しかして、
その植物は、
その環境に応じで、
生きていく。
おそらく、
[それぞれの歴史がある]
のでしょうね。
しかし、わたしは、
[境内(けいだい・お寺の庭)の一部にある]
として、
引っこ抜くのですね。
小さな根が、
プチプチと切れる音が、
聞こえます。