どうもシンプリストのしばさんです。
本日8月31日は僕の誕生日。
また1つ年を重ねることになりました。
朝からFacebookやLINE、いろんな方法で連絡をくれる方がいて本当に嬉しい限りです。
が、実のところ祝われるのはびっくりするくらい恥ずかしいというか苦手なんですよ。
なんというか照れ臭いってやつですね。
とはいうものの、心のそこでは「うれしーー!ありがとう!みんな愛してるよ!」と叫んでいるわけです。
素直じゃないですね。
さて、ここで考えたのは誕生日という文化について。
いろいろと調べてみた結果、そもそも日本には誕生日を祝うという風習はなかったらしいのです。
昔は年齢を「数え年」で数えていたために新年になるとみんな等しく一斉に年をとっていたためと言われています。
なるほど、じゃあいつから誕生日を祝うようになったのか。
もう少し調べてみると、どうやら昭和24年らしい。
(なんと僕の父親が生まれた年)
この年に「年齢のとなえ方に関する法律」が制定されてから数え年ではなく、満年齢で数えるようになったから。
そう考えると、誕生日を祝うという風習が生まれたのはもっと後ってことですよね。
まだまだ歴史的に見れば誕生日を祝うという文化はかなり浅い方。
なんだけど、100年の歴史もないのに、いまでは沢山のイベントが開かれたり、ホームパーティーをやったり、身内でお酒を飲んだりと幅広く普及してますね。
それだけ時代や文化、環境が変わっていくスピードというのは早いってことなんですわ。
だってあれだけ社会現状にまでなった「君の名は」って映画も、今となっては「天気の子」にブームを持っていかれてるわけでしょ?
「君の名は」が上映されたのって2016年だから、まだ公開から3年しか経ってない。
なのに、普段の会話にはあんまり上がらないよね。
つまり1年1年というのは、長いようでとても短い時間なわけ。
1年、1日、1時間。
どう使っていくかで自分自身の人生は大きく変わる。
それに自分が変わらなかったとしても、周囲の環境や文化はどんどん変わっていく。
この変化に柔軟に、かつスピーディーに対応していく適応力は絶対求められると思うんだ。
大企業がなぜ大企業になったかといえば、それぞれの時代にしっかりと適応し、その時代にあったモノを提供するために柔軟に変化を受け入れてきたから。
これから、というか最早いまこの瞬間は個人が時代に柔軟に対応していくことが求められてる。
親世代も、僕たち世代も、これから生まれてくる世代も。
それぞれが時代に沿って自分を変えていく力が求められるようになってくる。
そんなことを考える33歳の誕生日でした。
どうやら調べてみると海外では誕生日を迎える人がパーティーを主催して、ゲストを盛り上げたり、感謝を伝える文化もあるらしいので来年は自分が主催のパーティーでも開いてみようかなと考えている僕です。
そこであんなことやこんなことしたいなぁと、妄想ばかりが膨らみます。
今の自分の人生を生きられるのは、いまこの瞬間を生きているこの時間しかない。
それに自分自身として生きられるのも今しかないわけです。
なので、いろんなしがらみとかドリームキラーに負けないで自分のやりたいこと、思いっきりやりましょう。
9月からは映画や脚本の勉強を集中してやりつつ、自分の作品をつくっていきます。
楽しみだ!
ということで、現場からは以上です。
https://www.instagram.com/shibasan.simplist/
https://twitter.com/shibasan_media
🍀YouTube