昨日は朝早く父と一緒に、陸前高田~気仙沼をみてきた。

TVではみてたけど・・・・・・・。

ほんとにここまで来るかってとこまで津波が・・・・・・言葉でないよね。

津波想定区域の看板あるんだけど、それをはるかに超えてた。

小学校の時に高田松原野外活動センターにいったけど、

水門残して何も残ってなかった。

戦争でも起こったかってくらい・・・・。

あの砂浜がもうないし、松は一本だけ残してなんも残ってない。


気仙沼の方は、大船渡線あれじゃ動けない。

最初、海沿いの柵がたってるのかと思ったけど、線路の

レールだった。

 こんなとこから海見えなかったよな・・・。海沿いの家々は

流されてしまって遠くからでも海がわかる。昔にもどったようだった・・・。


沿岸の方々が涙がでないってTVで言ってたの記憶にあるけど、

わかる気がする。中途半端な被害じゃないんだから。完璧にひとつの街が

消えてしまってた。

だけど、沿岸の方々は前向きに歩み始めてる。


戦後日本を復興させたのは、今TVに被災者として映っているお年寄りのみなさん。

彼らは、きっと俺らに期待してるはずだ。「頼むぞ!」って


おれは同じ岩手でも一関だから、被害なんていってもわずかだよ。

俺も高3になる。俺の周りのやつらもボランティア動きだしてる。

俺らの世代はこれを復興してく世代だ。TVでは「支援の輪」って

いわれてるけど「支援の和」ってほうが俺は好きだな。

っていうのも、これが全ての基本な気がするからなんだけどね。


明るい未来は絶対くるさ^^

みんなで一緒にがんばってこーぜグー