本当は、丸の内のサラリーマンになりたかったのだが、採用が決まったのは、当時従業員五十人ほどの機械製造会社だった。 その頃には、探偵小説にも大分興味を失っていた。十年分集めていた「宝石」もゴミに出してしまった。神田の古本屋で、宝石の別冊「還暦江戸川乱歩集」に一万円の値段がついているのを見て、早まったと後悔した。「化人幻戲」の連載が始まったのはこの号からである。
さて、その頃住んでいた所で、玩具の製造・組立の会社を経営していた人が、探偵小説関係の同人雑誌を発行して(ご多分にもれず、三号雑誌に終わった記憶がある)宝石に同人募集の広告が載った。
その同人誌に参加してきた人の中に新人二十五人集の三位に入選した人がいたのである。ペンネームは*間*朗で、機械的な密室トリックを使っていた。
一年以上も手紙のやりとりをして(今ならメールだが)探偵小説の情報のやりとりをした。
お宅に一度お伺いした。
一方の壁には、書棚があってそこには早川書房のポケミスがずらりと並んでいる。
本の高さが全部揃っていて圧巻だった。基準の一冊を決めていて、古書店では持って行った基準の本と並べて、同じ高さのポケミスを買うとのことだった。
それから大分時間が経ってもう一度、高田馬場の喫茶店で会ったことがある。その頃は、すでに探偵小説から興味を失っていて、会話がかみあわなかった。ひとつだけ、記憶に残っているのは、作家のT・Mの家に出入りしていて、いいアイデアがないかと言われた。アイデアを提供して、なにがしかの報酬が貰えるみたいだった。
私には、ひとつだけ思いついた密室トリックがあって、江戸川乱歩に手紙を出した。
トリック類別集にもない、トリックだと返事を貰った。
自分でもそのトリックを使ってミステリー小説を書きたいと思っていたので、提供することはなかったが、今になってみるとたいしたものではない。
トリック小説にも興味を失って、今では読むのは、本格小説ではなくサスペンス系のものか、結城昌治、佐野洋、多岐川恭などのものに移ってしまった。(みんな故人となった作家ばかりだ)
松本清張を読み直して、ミステリも文体だと思った。再読に耐えられるのは、結局は文体(文章)が確立したものだと気づいた。
エンタテインメント小説はストーリー展開が一番だが、トリックだけの小説はそれが解明されると子供だましの内容にがっかりすることが多い。
鮎川哲也氏は別で再読しても、読むたびに発見がある。ミステリ解説書に鮎川哲也は悪文の見本のように書かれてあるのを見たことがあるか、どこがそうなのか判らなかった。
