子どもいないけど子どもについて考える

子どもいないけど子どもについて考える

子どももいない男、プレプレパパが育児について考える12週間

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こんばんは。

同じことを話しても、笑える人と笑えない人がいますよね。

教えるって事にも、同じ事を教えていても分り易い人と分りにくい人っているんです。

学校生活をおくった人なら経験したことがあるはず。

今や、ネットを介して名門校の授業を受けられる時代ですから、教室がある意味ってのは教育から違うところに求めないといけないのかなと思います。

先生の意味もそうですよね。

ちょっと昔なら、塾VS学校、塾講師VS先生だったでしょうが、

今や世界敵名門校VS学校、世界的権威VS先生となってしまいました


「モンスターペアレンツ」も、「よりよい教育」を学校に強く求める必要もなくなるかもしれません。担任を変える事を要求する事も、子どもをより上の学校へ転校させる事も必要なくなるかもしれません。

なぜなら「能力次第」でいくらでも高度な授業はネットを介して待っています。そして、その授業を通して名門校へ入学を目指すのも「能力次第」です。

「能力次第」って、親からしても子どもからしても少し怖い気がします、なぜなら誰にも文句が言えないから。

既にネット上には素晴らしい授業たちが溢れています。より高度な教育を受けたいのならいつでも受けられる状況です

教室での教育は、一律な授業を放棄するでしょう。みながネットでより高度な授業を受けられるようになると、まさに能力の格差が生じます。格差は当然のものになる。

なぜなら、勉強する機会はみなに平等にあるからです。やりたければやればいいという世界。

その格差は、学校の責任ではなく、家庭にいる親や子どもの能力に原因があるとみなされるでしょう。

親も「うちの子供が出来が悪いのは、先生が悪いからよ」と言えなくなります。

まぁ、全てが先生のせいでないのは今も同じですが。

さて教室にいる教師は、格差が当然の教室でどうするべきでしょうか。

当然格差に合わせて授業する事になるでしょう。成績表も大きく変わるでしょうね。

今の教育制度を変えるには法を変えるわけですから時間がかかるでしょうが、既に現行の法の中で起こっています。

教室での教育に文句を言えないような状況への、変化は既に始まっているのです。