では前回の続きのお話をしたいと思います。
さらに浦上天主堂の外周を歩いていると別の掲示板がありました。
この掲示板に説明されている石垣がこちらです。
一見するとどうということはない石垣ですが、掲示板の説明によると1880年に仮天主堂を建てるために旧庄屋屋敷を買収してときにはすでにこの石垣が存在していたということは、原爆による影響で修復したとはいえ140年以上前の石垣ということになります。
私は中世から近世に作られた石垣を見るのが好きで旅先に城跡があると必ず石垣を見に行って、その積み方の特徴からいつ頃作られたものかある程度わかるようになってきました。
この石垣に使われている石は加工がかなりされているので少なくとも江戸時代中期以降に作られた石垣ではないかと思います。
そして百数十年以上前に作られた石垣が原爆の爆風に耐えて現在もあり続け、浦上の歴史を見続けた石垣に改めて深い感慨を覚えました。
そして、その感慨を胸に浦上の地を後にしました。
これにて浦上天主堂を訪問した時のお話しは最後となります。
長いお話しにお付き合いいただきありがとうございました。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。





