今回は心の隅に溜まった色々な事柄について書き綴ろうと思います。
今日はとっても風の強い日でした。風に当たりながら少しここら辺で整理でもしようかと考えたわけです。
ここ最近、このブログでも書いたように虚弱体質がまた炸裂している訳です。
ついこの間、母から連絡があり、雑事の事や体の事を心配してもらいました。
「あんたが子供の頃。私が仕事に行くたびに熱を出して、そのたびに仕事場から早退させてもらって、「あぁ、私はこの先この子に苦しめられ続けるんだろうな」って考えてた」という独白を聞いて、少々考え込みました。
俺の実家は、「仕事第一!」という風潮が強い家です。
父と祖母、祖父はまったく俺の世話をしなかったらしいです。それには理由がありまして、いわゆる俺は引付持ちの子供で触りたくなかったらしいです。
ほとんど曾祖母と母の手で俺は育てられたそうです。俺自身にも、そういう記憶しかないです。
虚弱体質の子供は仕事の邪魔でしかなかったんでしょう。
別段、今さらそれを責めるなんてつもりは毛頭ありませんし、俺はそういう風に産まれたので言葉もありません。
ぶっちゃけた話、中学校より前の父親の記憶は俺の中にはほとんどありません。
たまに街に出かけて、街に着いたら「~時にこの駐車場に集合。解散」とうのが当たり前でした。
かろうじて覚えている限りだと、小学三年生の時からずっとそうでした。
母が言うにはもっと前かららしいです。
母の視点からいえば、淡々と言われたとおりに街に消えて時間通りに車に戻ってくる俺を観て少し怖かったらしいです。
少なくとも、当時の俺にはそれが当たり前で「誰かが居る買い物」の方が違和感があったぐらいです。
それから、高校に入って彼女ができて当然買い物に行くわけですが、不思議と彼女の買い物にはいつまでも付き合っていましたね。
そう考えると、家族限定の行動なのかもしれませんね。
そして、今。母に対する恩義を再び強く自分に言い聞かせています。
母を悲しませてはいけません。いっぱい迷惑掛けたので、報いなきゃいけません。それは俺が自分自身に対して課した義務でもあります。
顔に笑顔を張り付けて、日々過ごす事のなんと難しい事か。
つい最近、というか一昨日の話です。
久しぶりに高校からの友達から連絡が来ました。
ちょいちょい付き合いのある友達なので近況報告等の会話をしました。
それで話を聞いてるうちに「そういえば大丈夫?」と急に聞かれました。
俺の身体の話が伝わったのかな?と思い「大丈夫だよ。ありがとう」と返しました。
そしたら、何だか変な雰囲気になったので「どした?」と聞いたら、何だか話し難そうに今起きている事を話してくれました。
それは、俺がよく遊ぶ友達が俺の事について根も葉もない「悪評」をばら撒いているという事でした。
正直、怒りより先に「なんで?」という言葉が浮かんで、キツネにつままれたような感じとはまさにこの事だと思いました。
これは今現在俺自身でも噛み砕けていない部分なんで、どうなるかなんてわかりませんけど、とりあえず、誤解を解き、すぐにその悪評をばら撒いている友達に確認をとろうと電話しました。
あくまで、感情的にならず、なんか俺の方で知らず知らずに危害を加えていたのなら謝罪して、こっちからも軽く注意しようと考えていました。
そして、俺にとって意外な上に予測のできない返事が返ってきました。
「……ストレスが溜まってるんだ。俺は今大変なんだ」
完全に予想外の上、返答にすらなってない言葉でした。
彼のストレス源について、問いました。ここでは書けませんが、確かにとても根深い問題が発生していたらしいです。
今年に入って、一度彼と遊んだ時に楽しそうに笑う俺の顔が彼にとってはとても憎く見えたようです。
俺は人生で初めて「知らねぇよ。バカが」と言って無理やり通話を切りました。
彼にとって俺は何のストレスも抱えずに生きているように映ったようです。
まぁ、病気の事は場が白けてしまうのが嫌だったし、変に気遣いされても嫌だと思って話してなかったんで、その部分は知る由もない事でしょうし、何も言えませんし言いません。
仕事とプライベートは完全に分けるタイプなんで、仕事の話もほとんどしない様にしていました。
今考えると、ソレは事情を知らない人が悪用すれば好き勝手に想像できて、いくらでも物語は作れちゃうってことなんですよね。
特に、俺は一応個人経営者なんで職種と業務の関係上、不規則な生活をしています。
まぁ平たく言えば「なんだかわからない、真面じゃないかもしれない仕事」と取引先や職業上関わった人たちでもなければ、業務内容の良し悪しなんてわからないのかもしれません。
あっ、誤解されないよう書きますと俺の仕事は堅気です(笑)
電話を掛けてきた友達にも業務内容を話したら「え?聞いてた話と全然違う。なんか、怖い業界に居るって聞いたよ。なんかごめんね」といってました。
「怖い業界?」という言葉が頭に引っかかりましたが、誤解は解けたので良しとしました。
書いてて気づきましたが、どうやら俺はとんでもない事を言われてる可能性が高くなってきました。。。
いくらどう言われようと別段今の仕事に支障はないといっても、さすがに気分が悪いです。
まぁ、秘匿性が高い職種とはいえ改めてもっと名前を売らなきゃと思います。
そんな戯言を信じさせる要因は俺の方にも多少はあると思うので。
それにしても、人生色々ですね。
勿論、「悪評」をばら撒いた彼への怒りはあります。彼の言う「ストレス」の要因には同情を禁じ得ないという気持ちもありますが、ソレはソレこれはこれです。
ストレスがあるからって、何でも許されるわけではありません。
まだ今年に入って半年も経ってないのに、病気や今回の一件と色々動きはあるモノですね。
「3月のライオン」という漫画でとあるキャラクターのとある棋士が感じていた、頭の中のイメージが頭によぎります。
生きて進んで行くのは、どう転んだって孤独と仲良くしなきゃいけないんです。
周りに誰かが居るとかではなくて、自分の頭の中には自分しかいないんです。
記憶や思い出が人の輪郭を作り出して、さも一人じゃないと感じさせないようにしますが、それも自分自身が作り出した幻影です。どう頑張ったって、ジキルとハイドみたいな多重人格でもなければ、一人分の席しか自分の頭にないんです。
決して、悲観論ではありません。
だからこそ、自分自身で決めることができるんだし、自分の足で歩けるんです。
大切な人を大切だと自分で決めることができるんです。
先日の母との電話でも話したんですが、自分に何が足りないのか?何が欲しいのか?と考えるより先に、今自分は何を持っているのか?自分の持ってるモノで何ができるのか?を先に考えないと、本当に嘆くだけの悲しい人間になっちゃうと俺は思います。
あれが足りないとか、そういう類の話はキリがないんです。
こんな貧弱な身体で生きてきた俺だからこそ、それは断言できます。
そりゃ、クサル時もあります。でも、結局自分が今持っているもので何かを得なきゃ先に進むなんて無理なんです。
自分は歩く事が出来る。自分は考える事が出来る。自分は何かに感動できる。自分は何かに涙を流せる。自分は何かに怒る事が出来る。自分は自分を救う事ができる。
これだけの事柄ができれば、何とかなるんです。あとは自分自身の使いようです。
命が在る。たったそれだけだけど、莫大な事実だと俺は思います。
せめて、大切な人を悲しませるような事はしない様に生きていくつもりです。
最後になりますが、九州の震災に身を置かれた方に心より無事を祈ります。
また、ご不幸に遭われた方には心よりご冥福を祈らせていただきます。
加えて、出来る限りの募金などの支援でしか形ある支援をできませんが何卒ご容赦ください。
では、また。皆さん、お身体ご自愛ください。