生活苦から我が子の首を絞めなければならなかった母親のニュースを目にしました。
マスコミの報道は基本的には信用していませんが、同じ親としていたたまれない気持ちになりました。
私の曾祖父さんは、ほぼほぼ今ある実家の田地だけで10人の子供を立派に育てました。近所にお金を貸し、未回収と思われる借用書が蔵から沢山出てきています。それでも病弱な良家育ちのわがまま曾祖母を抱えてもそれなりに生活出来ていたのです。専業で毎日まめに寡黙に働いたといいます。
明治大正当時は牛を飼い、鋤にまたがって田を鋤き、田植えは近所総出で田植え稲刈りをしたといいます。私は今それを受け継ぎ、親父が遺してくれた機械を使い、勤めの合間を使いながら米を作ってもトントンか赤字。新米を子供に食べさせられる喜びと、田を荒らすよりはマシとやっている状況です。
父が亡くなって、小さい頃から田の手伝いをやっていたから今こうして受け継いでなんとか出来るものの、何も分からなければとうにほったらかしたでしょう。
私が3交代勤務をしながら、仕事の合間になんとか米づくりをしている理由があります。それは、農業が日本の国力の要素であるからと思っているからです。昔は米で食べていけたのです。いつからこうなったのか分かりませんが、間違いなく言える事は、農協と機械化が主な要因であると私は思っています。とにかく金がかかりすぎるのです。それに引き換え、農協は米の買取額が安すぎる。余計に採算が取れるわけがありませんよね。
それでもやる必要があるんです。負けてはいられないんです。営農組合や営農法人にやらせてはダメなんです。更に損になるから。
生活を苦に子供を手に掛けなければならない親御さんが実際にいらっしゃいます。私の家庭も決して余裕がある家庭ではないです。子供達に充分に食べさせようとしますが、火の車です。
ここで密接に関わってくるのがお金なんですよね。結局今の世の中のシステムではお金がないと生きられないシステムなんです。残酷なシステムです。
曾祖父さんの時代には金は割と無くても、返してもらえなくても10人子供を育てました。それは事実です。だから私は農業を意地でもやります。子供達に食べさせるために。息子も楽しみながら手伝ってくれます。足の悪い大動脈乖離から生き残った母も出来る事をやってくれてます。農業は日本の国力であり、日本人の根源だと信じていますから。