●欠史八代は誰だったのか（28）

天智天皇が着工して、天武天皇が完成させたと考えられる川原(かわら)寺は、兄弟の母の斉明天皇の菩提（ぼだい）を弔う（とむらう）ために建てられたと考えられています。

その通りだと思いますが、「川原(かわら)寺」の名称の起源は、これまで検討されてなかったと思います。

川原寺は、焼失したので現存していません。でも、発掘され遺構が残っているので、当時の面影をイメージすることはできます。規模は、飛鳥寺に匹敵するぐらいの寺域を持っていた大寺でした。

飛鳥にある川は、小さな川ばかりで、川原など存在しないのに、なぜ、「川原」の名前の寺が存在するのか？　それは、「瓦寺」だったんですね。

壁面に、塼仏（せんぶつ）が貼られて内装されていた仏殿があったのでしょう。金堂なのか塔なのか、それは分かりませんが、発掘された塼仏の量が、それを物語っています。

「塼（せん）」を漢和辞典で引くと、「かわら」と載っています。

だから、「川原(かわら)寺」は、「瓦(かわら)寺」だったという仮説は、ほぼ正しいと私は思います。

そして、さらに正しさを高める方法を発見しました。天智天皇と天武天皇の和風諡号は、瓦寺の塼仏（せんぶつ）を兄弟リレーで作ったストーリーなのです。

川原寺が作られたのは、斉明天皇の亡くなった661年から、天智天皇が亡くなる671年の間でしょう。

天智天皇が着工して、それから、壬申の乱の672年以後に、天武天皇が完成させただろうというのは、軒丸瓦の意匠や、塼仏や塑像の様式、その他の状況証拠から間違いないところです。

和風諡号の表を見てください。

天智天皇の和風諡号は、「天命開別天皇（あめみことひらかすわけのすめらみこと）」です。

「命（みこと）」は、「ことば」「命令」「尊称」ですが、諡号の最後に「天皇（すめらみこと）」が付いていますので、「みこと」が重複しています。ダブルになっています。これは、おかしいですね。

初代から第41代持統天皇までの和風諡号を見ても、ダブルの人は、いません。ここが不審です。

ここから考えられることは、上の「みこと」と、下の「みこと」とは、違う意味だということです。

下の「みこと」は、「天皇（すめらみこと）」「命（みこと）」「尊（みこと）」と使われるのを見ても、尊称でいいと思います。

すると、上の「命（みこと）」は、「天の命令」か「天命」というところに落ちつくと思います。「天の命令」と「天命」は、意味が近いですね。

手元の『日本書紀』（岩波文庫）の注には、「天命を受けて皇運を開いたの意か。開は欽明天皇の諡号の一部にも使われた美称。別は尊称で、誉田別（ほむたわけ）（応神）・去来穂別（いざほわけ）（履中）などの例がある」とあります。

「天命を受けて皇運を開いたの意か」ということなんですが、「意か」となっているので、これを書いた学者も自信がないようです。

「天命を受けて皇運を開いた」というのは、天皇の地位についた人なら、すべての天皇に天命があって、運を開いたから天皇になれたのだから、当たり前の話であり、天智天皇ほどの傑出した人物に、当たり前の名前を付けることはないと思います。

皇極・斉明天皇や敏達天皇の和風諡号を振りかえってみて分かることは、諡（おくりな）に、「落ち（おち）」が付いていることです。落とし話になっているのです。これで笑いが取れるように作ってあるのです。一種のエンターテイメントですね。

私は、子供の頃、三波伸介さんの司会する笑点を毎回、欠かさず見てましたが、座布団を、もらうためには、うまくオチが付いて笑わせて、「なるほど、やるな」と言わせないと、「座布団一枚やってくれ」ということになりません。

「天命を受けて皇運を開いた」という凡庸な和風諡号では、しらけてしまい、「座布団、みんな取れ」と三波伸助さんが言いそうです。

天皇の和風諡号を、誰が命名するのか分かりませんが、おそらく、当代の最長老の学者でしょう。もちろん、『古事記』『日本書紀』の作者が、鉛筆なめて書いた可能性もあります。

筋が通り、それから、オチが付いていないとダメだと思います。

「つまらない諡（おくりな）をつけやがって……」と言われないように、最大限に智慧を働かさねばなりません。

「天命を受けて皇運を開いた」という和風諡号にしてしまうのは、学者として「恥じ」だと思います。アイデア勝負で、亡くなった天皇に贈り名を付けるのですから、気の抜けたビールのような諡号でどうしますか。全身全霊で面白いのを考えると思います。私なら、そうします。

それじゃあ、「天命開別天皇（あめみことひらかすわけのすめらみこと）」を解読して、座布団をもらおう。これぐらいの意気込みでトライしてみましょう。

「あめみことひらかすわけのすめらみこと」の中の、「ひらか」が引っかかりました。これって、塼仏（せんぶつ）の意味に取れないでしょうか。

「ひらか」は、「平瓦（ひらか）」でないですか？。

「塼仏（せんぶつ）」と呼んでいるのは、現代の学者であって、飛鳥時代に何と呼んでいたのか全く分かりません。

「センブツ」と中国語で言われても、何のことか分からないので、やまと言葉の名称があったハズです。

私の仮説では、この塼仏は、「かわら」のカテゴリーに入っているので、「タイルのような瓦」で、「平瓦（ひらか）」というのはありそうな気がします。

「平瓦（ひらがわら）」というと、屋根に揚げる瓦になってしまうので、「平瓦（ひらか）」というのがありそうです。

これ以上考えても進展しないので、一応、仮に、「平瓦（ひらか）」として論を進めていきます。思考実験なので、どんどん行きます。過去の経験からすると、正解の場合は、後で辻褄が合ってくるのです。最近、この不思議な現象が多くなりました。どうしてなのか分かりません。

すると、「天命開別天皇（あめ・みこと・ひらか・す・わけ・の・すめらみこと）」になりました。なんか、かなり整理された感じです。

「天命（あめみこと）」ですが、「平瓦（ひらか）」に接続するので、「天の命令」と解釈することはできません。

ストーリーとして面白いのは、「天（あめ）」を、「天豊財重日足姫（あめとよたからいかしひたらしひめ）」の短縮形と解釈することです。最初の「あ」と、最後の「め」を取って、「あめ」です。

つまり、天智天皇の母の、斉明天皇の遺言があったとして、例えば、「私が死んだら、塼仏（せんぶつ）を塔イッパイに荘厳した寺を建てて欲しい」と息子の中大兄皇子（のちの天智天皇）に頼んだとします。

すると、「天命開（あめ・みこと・ひらか）」まで解けてしまいます。残りは、「別」だけです。「すわけ」です。これを、なんとか処理して、座布団を一枚もらわないといけません。

でも、「すわけ」で古語辞典を引いても、何も載ってません。残念です。

少し戻って見ましょう。

「天命開別天皇（あめみことひらかすわけのすめらみこと）」で、「開別（ひらかすわけ）」と読んでいますが、

「ひらか」は、「開く」の未然形「開か」、

「す」は、尊敬の助動詞「す」の連体形、

「わけ」は、尊称で「別」、

意味は、お開きになるワケです。「天命をお開きになるワケの天皇」ということで、出発点に戻ってしまいました。

「すわけ」がダメなら、「す・わけ」はどうでしょう。「平瓦（ひらか）・す・わけ」です。

古語辞典で、「す」を引くと、「洲」「巣」「酢」「簾」「す（接頭語）」「す（助動詞）」が載ってます。

完全にダメなものを消去すると、残ったのは、「す（接頭語）」です。

「す（接頭語）」《後世「素」と当て字》（1）ただそれだけの、また、生地のままの意を表す。例として、「素腹」「素肌」を挙げてあります。

「素腹（すばら）」とは、妊娠しないこと。また、その女。不生女（うまずめ）。

「素肌（すはだ）」とは、着る物を何も身につけていないこと。

もう少し、類例を集めてみましょう。気になります。「素○」という言葉を探してみます。

「素謡（すうたひ）」とは、舞もせず、囃子（はやし）も用いず、謡（うたひ）だけを歌うこと。

「素見（すけん）」とは、廓（くるわ）の中を歩いて見物するだけで、遊女を買わないこと。ひやかし。素見物。

「素通り（すどほり）」とは、止まらずに通り抜ける。

「素面（すめん）」とは、化粧をしない自然のままの顔。すがお。

「素戻り（すもどり）」とは、用事を果たさないで帰ること。

例を多く出しましたが、ここから帰納法をやってみましょう。この集団から、法則を抽出しようという計画です。

「素(す)」の、「ただそれだけの」とか、「生地のまままの」という説明を越えて、もっと根源的で分かりやすい、「素(す)」の意味が、見つからないでしょうか。

何となく見えてきました。

それは、「潜在的な可能性を最後まで行使せず、入り口の段階で、とどまっていること」と、私は定義してみました。

つまり、やろうと思えば、次の段階に進むことができるにも関わらず、未完成な所で止まっていることを、「素(す)」だと思います。

この定義で、先に挙げた例を検証してみると、すべて当てはまります。

「素腹（すばら）」、妊娠するという第2段階があるのに、第1段階で止まっている。

「素肌（すはだ）」、服を着るという第2段階があるのに、第1段階で止まっている。

「素謡（すうたひ）」、もっと面白い第2段階があるのに、第1段階で止まっている。

「素見（すけん）」、もっと面白い第2段階があるのに、第1段階で止まっている。

これですね。最も簡単な定義を発見しました。「もっと面白い第2段階があるのに、第1段階で止まっている」

これを、天智天皇の和風諡号に、放りこんでみましょう。

「天命開別天皇（あめ・みこと・ひらか・す・わけ・の・すめらみこと）」を、

「天命開別天皇（あめ・みこと・平瓦・素・別・の・すめらみこと）」としました。

訳すと、斉明天皇の命令を受けたが、塼仏(平瓦ひらか)を、素の状態で(壁に貼り付けるということをしないで）、倉庫に保存し（別けている）天皇となりました。

まだ、建築が完成していないので、塼仏は、保管されていたと思います。それが「別（わけ）」でした。本来、飾られるべき壁でない場所に、取り分けて保存されていたのでした。

これで、ストーリーが通りました。

天智天皇は、671年に亡くなったので、塼仏の内装工事を完成させることはできませんでした。後は、天武天皇が、それを受けついで、川原寺を完成させたのでした。

すると、弟の天武天皇の和風諡号は、川原寺を完成させた天皇という意味なのでしょうか？

「天渟中原瀛真人天皇（あまのぬなはらおきのまひとのすめらみこと）」

さあ、これが、川原寺に関係するのかどうか。だんだん、面白くなって来ました。

次回を乞うご期待。

聖徳太子はいなかった、という真っ赤なウソ 第38回

聖徳太子はいなかった、という真っ赤なウソ　第38回