●聖徳太子はいなかった？（8）

昨日は、森博達さんの『日本書紀成立の真実』（中央公論新社）の紹介をしたのですが、中国語学の先生が書いた、日本書紀成立区分論なので、一般の人が買ってベストセラーには、なりにくいと思いますので、私が特に紹介をする価値があるの思うのです。でも、歴史好きには、本を買って一読する価値はあります。

この本の、第1章「日本書紀の研究方法と今後の課題」の第9節に、森博達さんの、大山誠一さんに対する批判が載っているので、少し長くなりますが、引用してみましょう（参考までに、私こと古代探偵が作製した表も、昨日に続いて載せておきます）。

九、余論・大山誠一氏の「聖徳太子＝道慈創作説」について

『東アジアの古代文学』102号は大山誠一氏の「聖徳太子虚構説」をめぐって特集を組んでいます。また、106号の特集でも、大山氏の「日本書紀の成立と〈聖徳太子〉」が掲載されています。大山氏は104号でも拙著に言及していますが、誤解があるようなので、ここに余論を加える次第です。

大山氏は『長屋王家木簡と金石文』で、「聖徳太子は『書紀』によって生まれた」、と主張しています。そして、104号の「聖徳太子関係史料の再点検」では私の「憲法偽作説」を紹介し、次のように述べています。

そのβ群の述作について、年代は文武朝以後、撰述者は山田史御方ではないかと想定されている。私は、森氏の研究の緻密さに感嘆したものの1人であるが、これにより、憲法が『書紀』編者の手になるということは決定的になったと言ってよいと思う（古代探偵注、ここまで大山氏を引用）。

さらにこれに続いて、「ただ、憲法の撰述者に関しては、私は御方が書いた推古紀に道慈が手を入れたものと考えている」と言い、「憲法の撰述者を道慈とする」と記しています。また、「聖徳太子関係記事は、すべて『書紀』編集の最終段階で、道慈らによって新たに創作されたと考えてよいのではないだろうか」とも述べています。大山氏が「森氏の研究の緻密さに感嘆した」と記したのは、自説の強力な援軍と思われたからでしょう。しかしそれは誤解です。

第5項でも述べたように、「憲法17条」の文章は倭習に満ちています。私は漢語・漢文の誤用や奇用を17項摘出しました。その倭習の大半は、憲法以外の巻22の本文にも見られ、β群に一般的な倭習でした。β群は倭音によって和化漢文で書かれています。β群の述作者は、新羅留学帰りで還俗し、大学で教えることになった山田史御方だと、私は推測しています。

一方、大山氏は「憲法の撰述者を道慈とする」と断言し、その根拠として次の2点を挙げています（104号論文128頁）。

第1は、憲法に仏教関係記事が少なくないこと。第2は、憲法に「仏教だけが不正を正すことができるという（中略）かなり傲慢な言い方」があること。これだけです。第1点については、書紀の仏教関係記事は道慈が述作したという主張を前提としていますが、その主張は根拠のない憶測です。第2点については、『懐風藻』の道慈の伝記に、「性格がはなはだ剛直であると評されている」ことと結び付けています。この2点が大山氏のいう「根拠」です。妄想といえるでしょう。

大山氏はまた、聖徳太子関係記事全体が道慈による述作だと考えています。冠位12階や遣隋使派遣の記事は歴史的事実であるから、御方が述作した本来の「推古紀」の文章だと述べています。

一方、聖徳太子関係記事は冒頭で「皇太子」を強調し、事実と確認できる内容がないので、道慈による述作だと主張しています。これも論拠にならない空想です。

道慈は留学僧として702年に入唐し、長安で仏教を学び、718年12月に帰国しました。16年間、中国語を学び、中国語で生活したのです。ところが書紀の巻22「推古紀」はβ群に属し、和化漢文で書かれています。道慈が書いたのなら、なぜ漢語・漢文の誤用や奇用を放置したのでしょうか。このことはすでに黒岩重吾氏が拙著を挙げて指摘し、大山説を批判しています（『東アジアの古代文化』104号所載「廐戸王子の人間像」）。

実際、憲法も聖徳太子関係記事も、また大山氏が「歴史的事実」という記事も、均しく漢語・漢文の誤用や奇用に満ちています。たとえば第5項で、憲法の誤用と同種の誤用を憲法以外の巻22の本文から、3例揚げました。そのうち④「即化少魚、以挟樹枝」と⑥「其為朕興陵以勿厚葬」は聖徳太子関係記事ではありません。しかも⑥は巻末に載せられた推古の遺詔で、大山氏のいう「歴史的事実」です。

またたとえば、「因以〈ヨリテ〉」という接続詞の奇用があります。（補注6）。113例すべてβ群に偏在し、巻22にも10例用いられています。それらは、聖徳太子関係記事にも、朝廷儀礼改定（12年9月）などの「歴史的事実」にも均しく現れています。

大山氏の「聖徳太子＝道慈創作」説は幻想です。繰り返しますが、語言・文字の分析を経ない古典研究は砂上の楼閣です。小学なき史学も虚妄です。実事求是。事実の発見を軽視した解釈史学は、20世紀で終わりにしてもらいたいものです。

長くなりましたが、森博達さんの論文の引用は以上です。森博達さんは、頭脳が緻密で、かつ舌鋒するどい人だというのが分かりましたね。

「その主張は根拠のない憶測です。」
「妄想といえるでしょう。」
「これも論拠にならない空想です。」
「大山氏の「聖徳太子＝道慈創作」説は幻想です。」

妄想、空想、幻想の、三想ですか。きついですね。

たぶん、大山誠一さんの「聖徳太子はいなかった」本は、トータールで10万部ぐらいは売れているのではないでしょうか。根拠のない推測ですが……。それで、森博達さんの新刊は、どれぐらいかと想像しますと、1万～2万部といったところでしょうか。だから、バランスを取るためにも、この本はもっと売れて欲しいと思うわけです。

それから、この本の、今紹介した論文は、初出は、『東アジアの古代文化』106号（大和書房、2001年2月）だそうです。

それから、私は、前にもどこかで読んだことがあるぞと思い直して探したら、『聖徳太子の実像と幻像』（大和書房、2002年1月）にも、森博達さんの、この論文「日本書紀の研究方法と今後の課題」が載っているのを見つけました。

では、今日はこれまでで、明日は、森博達さんの大山氏批判のその後の展開ということでやります。

聖徳太子はいなかった、という真っ赤なウソ 第9回

聖徳太子はいなかった、という真っ赤なウソ　第9回