口笛が吹けますか
まだ息子が小学生くらいの頃、だしぬけにผิวปากได้ไหม?(口笛を吹くことができますか?)と、美人で気立ての良い妻に訊かれたことがあった。 え? まさに不意打ち、といった感じ。向こうの街まで続く道にびっしり並んだ敷石の、ただひとつを踏み抜くと仕掛けが発動して飛んでくる罠の矢みたいに思いがけない質問だった。口笛というのは珍しいものではないが、話題に選ばれることは希少だと思う。とくに大人になってから口笛について考えたことなどなかった。誰だってそうなんじゃないか。 どうかすると人は口笛のことなど全く考慮することもなく一生を終える。 そうでもないかもしれんが、要するに、どうでも良すぎて意識にのぼらないってことだ。 たぶん、ヨメと息子で口笛の話をしていたところへ、たまたまおれが来た、というようなタイミングだったんじゃないのか。 あー。口笛ね。 うん。吹けるよ、と返事をする代わりに「♪ピーピーピーピー」と、ドミソドの分散和音を吹いたら、「わあー!」と手を叩いて喜んだ。こんなにウケるとは思わなかったから、なんか嬉しかったのを憶えている。「スゴイネ-」と珍しく日本語で喜んで、息子と二人で拍手するほどのことでもないと思いはするが、(そ、そうかな?)みたいに照れ臭さと嬉しさが、だいたい釣り合っていた。子供の頃はよくあるバランスだったが、大人になると滅多にない。とはいえ、たかが口笛が吹けるくらいでこんなに褒められるっていうのは、日本人ではあり得ないことのように思う。そんなに珍しい特技でもないからだ。 思い出したら気になったのでググってみると、真っ先に表示されるAIの回答が『福井大学の調査では学生の約3分の1が「曲を吹ける」と回答しており、別の調査では約3割程度』ということで(まーたAIがテキトーなことを)と思いつつ福井大学の調査をクリックすると、その通りだった。おかしいな。おれが小学生の頃、クラスの男子の大部分は吹けたのに。 で、さらにググっていくとX(旧ツイッター)で個人的に取ったアンケートでは8割超が吹けるという。だが、投票総数37票ではサンプルとして心許ない。 もう少ししつこくググると求人情報の会社の調査部の結果があって、「計3,335名のモニターの方」とあって、信頼度が上向いた。この調査によると30代で66%、40代が77.9%、50代の83.9%が吹くことができる、という結果で2017年度の調査だから、今ではほぼ40代、50代、60代に、それぞれスライドしていると考えて良いのではないか。 なるほど。おれたちの世代は8割超ということで良いようだ。若い者が3割ってことなんだろう。こんなの理由は簡単で、昔は娯楽が少なかったから、に尽きる。口笛が吹けるようになるには練習が必要で、他に楽しいことがあれば口笛を吹いてみようなどとは思わないだろう。 そうなると気になるのがタイ人における口笛が吹ける人の割合だが、「เปอร์เซ็นต์ของคนที่สามารถทำได้ผิวปาก(口笛が吹ける人の割合)」でググると吹けるだけなら33%、上手に旋律を奏でるレヴェルだと13%程度だということで、日本の若い者たちとそんなに変わらないのかな、と思ったが、訊いてみると言い難そうに「口笛が嫌いなタイ人って多いのですよ」と答えた。口笛が嫌いって、どういうことだよ。「ไม่สุภาพ(上品ではない、とか、失礼くらいの意味)だし、ผีจะมาถึง(幽霊が来る)」という。マジか。日本でも夜の口笛は蛇や泥棒、魔物を呼ぶからいけません、と言われたのを思い出した。そしてボソッと「タイ人は人前で口笛を吹くのは何て言うか“かわいそう”な人なのです」と言い、それは頭が悪い人ってこと? と訊き返すと、そうではないと口ごもる。いろいろ訊いてみてわかったのは、要するに育ちの悪い下民ということらしい。 あー。そういえばタイの船着き場の人々が口笛で合図しあってるよね。あれも、上品な人は絶対にしない行為なんだそうだ。 え……。おれ、口笛吹けちゃうんですけも。と言うと、家族の前とか、そういう状況なら構わないし、だいたいあなたが今まで口笛が吹けるなんて知らなかったし、吹いてはいけない状況で吹いていたとしたら注意していたと思う、と言い、え……、そうだったの……、と心が冷えた。これまで知らずに薄氷を踏んで歩いていたのかぁ。 だいじょうぶ。そんなことで嫌いにならないから、と言っているが、ちょっとググるとタイ人のSNSなんかでは、すこぶる評判が悪い。Redditのトピックで「同僚がラジオの音に合わせて口笛を吹くんだけど、ホントに不快で堪らない」という投稿に、夥しい賛同の嵐で、(え……。タイで口笛吹くと、めっちゃ嫌われるんだ……)と知った。レスポンスの殆どは同感で、「殺意を覚える」とか「人として間違ってる」まで言ってて、少数意見で「わたしは気にならないけど」とか「ごめんなさい。今まで吹くのが好きでした。もう吹きません」まで言ってる意見もあって、タイ人のこういうTLがバトルになることがないのに、いつも感心してしまう。 曲のタイトルはบ่วงฮัก(輪廻転生)で、副題にละคร ผาแดงนางไอ่(パー・デーン・ナン・アイ)より、と注釈があって、これはドラマのタイトル。つまり主題歌。ドラマタイトルを直訳すると「赤い崖、アイ婦人」ということで意味がわからないが、これは古くからタイに伝わる民話のタイトル。アイという姫様の名がパー・デーン(王子)まで轟いていたということらしい。タイ東北部のクメール(カンボジア)王子のパー・デーンが美しいアイさんと恋に落ち、彼女のために7階建ての宮殿まで建てて求婚したのに、それを知った冥界の王が「いや。アイさんはおれの息子と結婚した方が良い」と横槍を入れ、「じゃあデカいロケット花火を作って打ち上げて、高く上がった方が勝ちな。勝った方がアイさんをヨメにできるということで!」と、よくわからない勝負に発展。あの有名な巨大ロケット花火祭り(บุญบั้งไฟ)の起源だね。 さて、冥界の王の息子(タオ・パンキー)は前世でアイさんの夫だったので、業(カルマ)の法則から今世でも結婚できる筈なんだが、ロケット花火祭りの様子が気になって、リスの姿に化けて祭りを見に行ったら、猟師に捕まってしまう。猟師は「アイさん。このリスを煮込みにしちゃってください」と差し出して、タオ・パンキーは煮込まれて皆に食われてしまう。 これを知った冥界の者たちが激怒すると、わらわらと数万のナーガ(蛇神)が出現して街を滅ぼしてしまう。ヒロインのアイさんは蛇に呑まれ地中へ引きずり込まれるが、これを自分の命と引き換えに現世の王子タオ・パー・デーンが救出。現世も冥界も王子は死んでしまう。そりゃもう大騒ぎで冥界の水が濁るほど両者が戦い続けていたら、そこへインドラ神が現れて「こら! いいかげんにしろ!」と一喝。現世の精霊たちも、冥界のナーガたちも元の世界に戻り、アイさんは次の良い夫となる人が現れるまで冥界で運命の人を待つことに。 というね。ハッピーエンドとは思えないが、それが顛末というね。 ドラマの方は輪廻、純愛、オカルト、仏教、復讐、スリル・サスペンスというてんこ盛りで、椰子の葉に刻まれた碑文もあるというんだけど、いにしえの実話なんだって。そう言うんだから仕方ない。 歌詞はこの民話のストーリーを知らないと意味がわからないだろうが、画面の歯車アイコンから日本語へ自動翻訳ができる。できても「だから、それが何なんだよ」って思いそうだけど。歌手は古くさいルクトゥン唱法だけど、民話にマッチしてて中々良いと思った。作詞作曲もプロの仕事で安心だね。 またしつこく口笛の話だが、ジジイが真っ先に思い浮かぶのはエンリオ・モリコーネ先生の「夕陽のガンマン」のテーマ曲で、初めて観たのはテレビのなんとかロードショーみたいな番組だった。まだおれは小学生で、日本語を喋るクリント・イーストウッドがカッコよくてわくわくした。 Youtubeで探したら英文タイトルが「For a Few Dollars More(もう数ドルの為に)」で、これイタリア語原題の「Per qualche dollaro in più」の直訳だね。賞金首を捕らえて稼いだのに、欲をかいてもっと大物の賞金首を狙うことによるドラマで、ぜんぜん勧善懲悪じゃないのが子供心に(え。いいの?)と斬新だった。まあもちろんこの作品が斬新という程でもないんだが、当時のガキの見たドラマなんて似たようなストーリーのが多かった。 口笛のテーマ曲といえば同じ監督・同じ役者・同じ作曲家の三部作の初編「荒野の用心棒」もそうで、こっちのほうが映画自体はヒットしたし面白い。それというのも「荒野の用心棒」は黒沢映画の「用心棒」の焼き直しで、東宝は著作権侵害の廉で告訴、勝訴している。が、話は簡単ではなく、レオーネ監督がリメイクの許可依頼を出していたのに東宝は放っておいたことで黒沢との間に不信感が生まれる原因となったのは有名な話。 モリコーネ先生は、こういう曲を多産したせいで、俗っぽい作曲家だと誤解されがちだが、グレイトなお方だよね。代表作が多い人でもある。三部作では最後の「続・夕陽のガンマン」のテーマ曲の方が素晴らしいけど、これは口笛じゃないのでパス。「続」といっても日本で勝手に続編と名付けただけで、ぜんぜん関係ない話。イーストウッドは出てるけど登場人物は別人。原題は「Il buono, il brutto, il cattivo、- (英: The Good, the Bad and the Ugly、)」というわけで「良い子、悪い子、醜悪野郎」って感じか。 あと口笛で忘れてはいけないのがトゥーツ・シールマンスか。この人のハモニカの方が好きだが、口笛も有名。若い人は知らないだろうな。 これすごいね。ジョン・ウィリアムズとボストンポップスのビッグネームに負けてクレジットされてないけど、ちらっと映るピアノはローランド・ハナだ。若い。で、ベースはエディ・ゴメスかな。チャック・イスラエルズかもしれない。 しっかしジョン・ウィリアムズはまだ生きてるんだね。93歳だって。 口笛が吹けるようになったのは小学校にあがってすぐの頃だったか。記憶が鮮明ではない。というのも口笛を熱心に練習したという記憶がなくて、気がついたら吹けるようになっていた印象だ。練習なしで習得できるものでもないような気もするが、わりと簡単にコツを掴んだのかな。 そういえば熱心に練習した、というものがおれにはないな。 チェロなんかも練習したという気がしない。ただ面白くて鳴らしていたら何となく上達した感じ。だからウェルナーのチェロ教則本の存在を知ったのも大学生になってからだった。あ。思い出した。北海道の田舎街ではろくなチェロの楽譜なんか売ってる筈もなく、パブロ・カザルス先生のバッハ無伴奏チェロ組曲のLPレコード3枚組にライナーノートと別に全曲の楽譜が同梱されてて、その楽譜が小さくて読みにくかったから、五線譜に手書きで転写したんだった。ライナーノートも役に立って、5番など(これ難しいな)と思っていたらあの組曲の5番は、スコルダトゥーラ(変則調弦)で、本来のC-G-D-Aから、C-G-D-Gにチューニングを変更するのだと知って(あー。だからこんな和音が出せるのか)と納得した。でも巧く弾けなくて、未だに5番は苦手だ。と、長々書いたが、チェロには練習という気持ちがなかった。楽しく遊んでいた記憶しかない。 しばらく考えて思い当たった練習といえば、ナイフとフォークの使い方だな。あれは練習というよりない経験だった。数ヶ月間というもの食事はナイフとフォークで食べた。おでんや鯖味噌もカツ丼もだ。たしか3ヶ月もすると肩の力が抜けて、両脇も閉まるようになって自然な感じになった。これは役に立ったよ。余所の国で恥ずかしい思いをしなくて済んだってこともあるが、いち番の結果はヨメに「あなたの食べ方って綺麗ね」と褒められた。タイ人は箸も使うが、麺類でなければスプーンとフォークで食べることが多い。その所作が普通のタイ人よりも綺麗だと褒められて、「เพราะฉันฝึกฝนมาแล้ว(練習したからね)เพื่อกินข้าวกับคุณ(きみと食事をするために)」と答えると、「くぅーっ!」って感じで目を閉じて喜んでいて、本当に練習して良かったと思った。ヨメは、おれがテーブルマナーの練習をしたのは冗談だと思ったかもしれないが、まあそれはどうでも良い。