こんにちは。

 

サムエル第一 8章では、イスラエル民が預言者サムエルに

王を立ててください」と懇願します。

 

他の国には王がいて、民を支配しているからです。

 

当時のイスラエル民は、預言者や裁き人を通して

神から「守ってあげるよ」と再三言われているのにも関わらず

神を裏切るようなことを平気でやってのけます。

 

今回はついに、王を立ててほしいと言い始めましたガーン

なんででしょうかはてなマークびっくりマーク

 

民がエジプトに奴隷としてこき使われていた時代から、

既に200年くらい経っているので、奴隷時代を忘れてしまった民たち。

 

王を立てるということは、人間による支配になるので

平民は王に従う、主従関係になります。

王が悪人の場合、平民は徴税に苦しんだり、

非人道的な扱いを受けることは想定できますね。

エジプト捕囚時代の再来になりそう。

 

神は「自分だけを崇拝しなさい。そうすれば幸せになりますよ」と

仰っているのに、ガン無視。魂が抜ける

 

仕方ないと思います。

だってたぶん、両親、そのまた両親が不信仰であったり

近接国の宗教を信じていたら、その子供も不信仰になるからです。

 

身の回りの人もみんな神(ヤハウェ aka エホバ)を信じていなかったら

それが当たり前になります。

 

この辺は現代社会にも当てはまりますね。

聖書って、古代の物語じゃなくて、思いっきり現代の書物でもあるのが面白いんだよねにっこり

 

でもね、私も他人事のように民を非難できません。

私も神を信じていなかったからです。

 

「神様?いやいや、神様いたら戦争とか事故とか起こらないでしょ。」

こんな感じで思ってました。

 

だからね、イスラエルの民のことを悪く言えない。

でも、気を付けようと思う、

これから聖書を読み進めていくと、きっと王による悪政によって

いろんな悲しいことが起こると予測できる。

結局、人間が人間を支配する→うまくいかない(いつの時代も同じ)

 

 

民がサムエルにお願いしたとき、神は譲歩してくれました。

優しいから。

優しくて厳しい父のような存在だから、

「民のいう通り王をたててあげなさい。」というのです。

もちろん結果がどうなるかわかっているはずなのに、

敢えて体験させたのですよね。

人間による人間の支配がうまくいかないことを。真顔

 

 

今回気づいたのは神のやさしさ。

創世記から出エジプト記、レビ記は全部、神の怒りが目立っていたので。

(未熟な私がそこにしか着目できなかった)

 

いつも人間を見守ってくれている神に感謝。

いろんな間違いばかり犯す私たちを、見放さない神様。

あなたの王国がきますように。お名前が皆に知らされますように。