昨日、神田沙也加さんの自死にまつわる投稿がThreadsで流れてきたので、その内容について思うところを書かせて頂きました。

そこでふと思い出したことがあります。

彼の訃報を受ける前日、何度送ってもLINEの既読が付かず、途中から胸騒ぎを覚えていたのですが、その時からなぜか沙也加(当時はSAYAKA)さんのデビュー曲である『ever since』が脳内でずっとヘビロテをしていたのです。
普段からその楽曲を聴いていた訳でもなく、20年前程にリリースされ、時折店内BGMなどで聞くな~くらいだったその楽曲がなぜかずっと流れていたのです。
まだ自死の事実を知らないタイミングであったにも拘わらず、不思議とその楽曲に包まれるかのように彼からの連絡を待っていたのを今でも覚えています。
今思えば、それは彼からの何らかのメッセージだったのでは?と思います。

本当に素敵な歌なのでここにリンクを貼り付けておきます↓↓

お陰でこの楽曲を聴くと今でも涙が止まりません。
BGM代わりに職場のPCから流れてきたときはトイレに逃げ込みたくなりました。
死別をテーマにした楽曲ではありませんが、彼の自死を思い出させる一曲です。

この楽曲は一つの例ですが、死別を機に日常生活の中にはありとあらゆるものに死別した人を思い出すトリガーが潜んでいます。
そこに少し触れるだげでも涙が止まらなくなるのです。

一緒にいた食卓
一緒に寛いていだソファ
よく一緒に歩いた道
思い出のファミレス
よく車を停めていた駐車場
ドライブで掛かっていた楽曲
挙げればキリがありませんが、遺族はいつどこに“地雷”が潜んでいるのか分からない日常を今日も生きています。
それでも周りに心配や迷惑を掛けないように、同情されないようにと鎧を纏って日々を送っているのです。

そんな中で何とか踏ん張ってきた私ですが、我ながら自分を褒めてあげたいと思ったエピソードを2つ紹介します。

1つは、死別後まだ3ヶ月も満たない頃に友人の結婚式に出席したことです。
彼女の結婚式は彼が自死する前から招待されており、ギリギリまで断ろうかと悩んでおりましたが、当時幸せいっぱいの彼女に欠席理由を告げるのが流石に憚られたことや、大事な友人で今の自分なりにもお祝いをしたいという思いから出席を決めました。
式には大変感動し、共通の友人とも久しぶりに再会でき、気も紛れたので、それはそれで良かったのですが、帰宅直後からどっと哀しみが襲ってきたことを覚えております。
ちなみに彼女には死別後1年半後にあたる昨年の夏に彼の自死を告白し、式以降、連絡をできていなかったことを詫びました。
彼女は大変ショックを受け、心配してくれていました。

2つ目のエピソードは死別後半年も満たない時期にまた別の友人の新婚旅行の映像を一緒に観たことです。
その子は私にとっては親友で、彼の自死を受けて最も力になってくれた子ではあります。
その時はいつも集まっている仲良しグループでの飲み会の後でした。ヨーロッパに行ったというその新婚旅行の映像を急遽みんなで観ようということになったのです。
けれどもこれについては流石に堪えました。
勿論、彼女には何ら悪気はなく、むしろ私のことを一番に心配してくれていた子なので、敢えて気を遣わずの判断だったのかと思います。
しかし、観ている最中で言葉にならない絶望が襲ってきたのです。
自分にもきっと同じような未来が待っていたはずなのに…
何故私だけがこんな目に…

考えても仕方ない反芻思考に見事陥りました。
涙を滲ませながらも表情に出すのを必死で堪えていました。
鑑賞後、「良かったねー!良い映像じゃん!」と言ってのけた自分は大女優だと後で讃えました。

これらからも分かるように周りの人間は勿論ですが、自分自身もまだまだ掴めていない“琴線”というのが存在し、自分を過信しては「やっぱり辛かった」という局面をこれまでも繰り返してきました。
腫れ物に触れるように関わられるのは屈辱ですが、一方で普段から見せている「普通の顔」の背景にはまだまだ癒えない傷があることを少しでも想像して欲しい。
遺族は周りが思っている以上にさまざまな緊張感の中で日々名演技をかましています。

そのことを多くの人に知ってもらいたいと思い、書かせてもらいました。