さて、4月の古文は一休さん、正確には一休さんの弟子です。

 

一休和尚の庵の近くに、シジュウカラをかわいがって飼っていた者があったが、命のあるものだから死ぬ時が来て、籠のなかで死んでしまった。

朝夕飼い慣れていた可愛さから、ことのほか可哀想に思われ、とても悲しくてわが子と死に別れたような思いがした。

およそ、心を持たないものでさえも、それぞれ仏性が備わっている。

まして命のあるものは尚更である。

死後に旅する、死出の山・三途の河・冥途の闇、これらはどんなものであろう。

しかるべき有職の僧に頼んで、シジュウカラに引導を渡したいと思い、一休の庵を訪ねて、これこれこのようなことをお頼み申したいと嘆願したところ、ちょうど一休和尚の弟子が応対し、

「とてもたやすいことです。さあさあ、成仏させて進ぜよう」

といって、仏前に向かわせ、ただちに引導を渡した。

 

その昔、釈尊は八十三歳にして抜提河で入滅した。今汝シジュウカラ、四十にして紫の野に成仏を遂げるー

 

と高らかに引導を授けた。

飼い主は頼もしく思って、そのまま亡骸を葬って帰った。

これを、一休がものかげでお聞きになり、

「今の引導はよくやってのけた小僧だなあ。しっかりと芯が通った者だ」

とお思いになり、大変に喜びなさって、機嫌の良いことが並々ではなかった。


シジュウカラ…日本では小笠原諸島を除き、北海道から沖縄まで生息しているらしい。漢字で書くと四十雀。

画像:鳥の図鑑様より拝借

 

抜提河…ばつだいが。古代インドの首都を流れていた河。釈尊はこの河の西岸で入滅した。

 

紫の野…山城国の地名。

 

一休さんこと一休宗純は室町時代の人で、後小松天皇の子であると言われています。

アニメーションでは足利義満の出す難題にトンチで答えるシーンが有名です。

この話の出典である「一休ばなし」は江戸時代に成立した説話とのこと。


【原文】

一休和尚の庵近きあたりに、四十雀を愛して飼ひける者ありしが、生有物なれば、死する期ありて、籠の内にむなしくなれり。朝夕手慣れし可愛さに、殊のほか不憫におぼえ、いと悲しくて子に別れたる思ひをなせり。

凡非情無心の物だにも、各仏性を具せり。ましていはんや生有物をや。死出の山、三途の河、冥途の闇いかがあらん。しかるべき智者を頼みて、引導渡さばやと思ひ、一休の庵にたづね入りて、しかじかの事頼み申したきよし嘆きければ、折ふし和尚の弟子出あひ、

「いとやすき事なり。いでいで成仏得させん」

とて、仏前に向はせ、足下に引導渡しける。

 

むかし釈尊八十三、抜提河におゐて涅槃に入る。今汝四十雀、紫の野に成仏を遂ぐ。

 

と高らかにこそ授けける。かの者頼もしく思ひ、やがて葬りて帰りぬ。

是を一休物ごしに聞こしめし、

「ただ今の引導はよくでかしたる小僧かな、風骨による」

と思しめし、大きに喜ばせ給ひ、機嫌のよき事ななめならず。

 

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