入院19日目・・東日本大震災3月11日 | ♪こぶ平のひまつぶし♪

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■3月11日、多くの人の生活・人生を一瞬にして変えてしまった
東日本大震災。
 
この頃になると、体調の大きな変化がなくなった。
手足の不調があるくらいで・・考えられる検査・診察は
ほとんど済んでしまった。
 
血液検査の数値から回復傾向にあるものの、的確な診断には
至らず、病名確定に向けて新たな検査なども検討される。
 
肝機能の悪さから、入院以来投薬は中止されていて、治療らしいことも
全くしていなかったのだけども、最小限の投薬と言う事でクラビットと言う
抗生剤を服用していた。
少しずつ数値は下がっていたけれど、肝臓の機能をもっと詳しく調べる為に
消化器科の受診検査も検討された。
診察にあたり、薬が原因ではないと断定する為にクラビットも中止する
ことになった。
 
あの日は午後からお風呂の順番まちで、着替えの用意をして
2時からTVでハンチョウを見ていた。
その日の昼食は五目御飯にいろいろとおかずがついて、また
茶碗蒸しまで付き、同室の人たちと今日は何の日?何かの
記念日かね?なんて冗談を言って食べた。それが・・・病院食の最後になるなんて・・^^;
 
ハンチョウもクライマックス、2時46分頃・・・何やらグラグラと揺れる。
地震だ。数日前の地震で同室の1人のおばさんがひどい地震恐怖症だと
知った。入口から一番奥のベッドなのに大したことのない余震でも廊下のほうまで
出て来る。
あの時もいち早く出てきて廊下側のベッドにしがみついていた。
またまた・・・大げさなと思った瞬間に・・
思いっきりすごい揺れが襲ってきた。
 
おばさんがしがみついているベッドには杖なしでは歩けない
80すぎのおばさんがいた。
私も慌ててそのおばあさんのベッドに行きベッドに座り
右手でおばあさんを抱え、左手でベッドの柵を握った。
体験したことのない様な強い揺れはおさまるどころか
益々強くなっていく・・・しかも、時間が長い・・・
地震恐怖症のおばさんはもうこの世の終わりだと言う様な顔だ・・・
 
そんな中なぜか?私は内心すごく冷静だった。
あまりに地震の揺れが長くていろいろと考える時間まである・・
怖い・・・強い・どうしようと、恐怖を語る人生の大先輩の
おばあさんに向かって何の根拠もないのに・・・・・・・^^;
大丈夫!なんて励ましてもみたりした。
 
4分くらいは揺れていたと思う。
3人ははじめからそのベッドにいたが、あとの2人の内1人は
ベッド脇のTV台の様な物に押されるようにして這う様な感じで
3人のベッドに来た。もう1人はかなり近くにはいたけれど
ここまでこれそうになかった・・・自分のベッドにしがみついている。
こっちに来なと誰かが言っても歩ける状態ではなかった。
 
不思議な事にビルの上の方で地震を体験したことのない私は
いつもの地震とは違うと気がつく。
音がしない。地響きの様な地震独特の音がしないのだ。
家庭用品の様な細かな物がないからか?ガタガタ、カタカタとか
そんな音もしない・・・
それは後に音がしなかったね、とみんなで話題にしたほどだ。
正確な時間は分からないけれど、音の無い世界でグラグラと大きく
揺れていた感じ。
 
本当に初めての大きな揺れで、マジ・・・建物がつぶれると思った。
イメージ的には箱の中に入れられて、箱を大きく回されている
揺さぶられているそんな感じで、建物が崩れるなと思った・・・
そんな大きな揺れの中、1人の看護師さんが病室に来た。
固まっていた私たちのベッドで私たちを守る様に支えている。
どんな風にここまで歩いてきたのだろうか?たまたまその辺を
歩いていたのか?手分けして各部屋に入ったのだろうか?
そんな中・・またしても私は冷静に・・・看護師さんが中腰で大きく
足を開いて支えていたので・・・もう少しでパンツが見える!なんて
馬鹿な事も頭をよぎった。^^;
あたりを見渡したり、目をつぶってうつむいたりして揺れのおさまるのを
待った。
 
こぶ平さん・・・そんなこと考える余裕ないでしょ?って思うだろうけど
本当に揺れの長くて、いろいろと考える時間もあった。
家族はどうしているだろう?ニワトリたちは・・・
ハンチョウの画面を見つめると、横線が入り・・そのうちプツリと
消えてしまった。
この大きな揺れが宮城県沖地震だったら良いな。と思った。
みんなそう思ったみたいだけど、直ぐにでも来ると予想さえていた
地震がこれだった良いなと思った。また同じような体験をしたくないから。
 
揺れがおさまると・・・どっと疲れが・・・
崩れなかったと思うと同時にみんな離れている家族の安否が
気になった。
火災報知機がなり、地下で火災が発生とか言っているし・・
後に誤作動だったと分かるがかなり焦る・・・
 
携帯で電話するもすでにつながらず・・・
電話やメールをする手がブルブル震えてなかなか携帯操作が出来ない
運悪く・・・水分補給のペットボトルも捨てたばかり・・水分もない・・
隣の人に空きペットをもらい水道から水を入れた。
携帯を何度も根気よく掛けていたら・・・私の携帯が一番最初に
こぶ父の携帯につながった。
店(家)の電話はひかりなので停電の時は使えない・・
こぶ父の携帯だけ・・・電話口のこぶ父はかなり興奮していたようだ。
人間・ニワトリ・ムク蔵の無事を確認してやっと安心する。
 
入院患者も避難場所に避難するかもしれないと言う事で
身の回りの準備だけする。着替えたり、上着を羽織ったり
貴重品を持ち靴をスリッパから履き換えて指示を待った。
一応の安全確認で病院内にとどまることになったが、とても
バラバラに行動する気にもならない・・・
停電したけれど、自家発電で廊下は明かりがついていた。
何時間も暗くなるまで、固まって余震の恐怖に耐える・・・
 
普段は、ベッドをカーテンで仕切るものだけども、
どうもその気になれず、805号室はみんなでベッドを寄せて
部屋の中心に寝ました・・・
 
●時間が無くなってしまいました。今日の更新は中途半端になったかも?
続きはまた明日~