今日で2年ですね。
この旅の一番始めに石巻に行ったので、現状を少しでも知ることができました。
現状では瓦礫は撤去作業が進んでますが、荒地のままでした。震災当時のことを考えると胸が痛みます。
謹んでご冥福をお祈りします。
さて、昨日は大分の別府から広島まで行き、今日は広島から高知を目指しています。
昨日広島では
原爆ドームと平和記念館を見てきました。
最初ドームを見たときは、「これがそうかぁ」って感じで、写真を撮りながら記念館に進みました。記念館では、それまでの広島の歴史が語られています。
入口から続く展示は原爆投下前の歴史が淡々と語られており、自分の中で周知のことが多く書かれていました。
そこでは、少し話す声なども聞こえてきて、「こんな感じなのかな」って思いました。
しかし、2階に上がり、その奥に進むとある展示に衝撃を受けました。
すでに平和記念館に行かれた方も多いと思うので、詳しい説明は割愛しますが、生々しい原爆当時の写真や現物、被曝した方の遺品などが展示されています。
本で読んだのですが、日本と海外、特にアメリカの原爆への捉え方が違うと…
日本は原爆は反核反戦の象徴
アメリカは原爆は太平洋戦争の終焉
アメリカ側としては、極悪非道な日本軍を倒すのに必要だという正当性も付随されています。(全ての人がこういう意見ではない)
現在でも核保有によって平和がもたらされるという現実主義と武器の完全撤去によって平和がもたらされるという理想主義の平行状態が続いています。
ただこの展示を見て、「戦争回避のために核保有すべきだ」とか「核は戦争の抑止力だ」という机上の空論は語れないと思います。
もし核が発射されたら、どこかで再びあの悲惨な状況がまってるわけです。
確かに、この展示のコンセプトは反戦反核からの平和で、偏った意見かもしれませんが、
写真や遺品から見えてくるものに対して、それでも核保有を唱えようとする気にはなれないはずです。
他にも戦争に関して言いたいことはたくさんありますが、今回はこの展示を見て思ったことを書きます。
この展示場では、広島市長が核実験を行った国に対する抗議文が貼られています。合計なんと…
602通。最近の北朝鮮の核実験の抗議文もありました。
しかし、圧倒的に多かったのが、アメリカに対しての抗議文です。
現在でも核実験がアメリカで行われています。核を放った張本人が今もなお核実験を続け、挙句には、他国の核実験は制裁を加えるという構図。
核不拡散条約とかその他の条約も知ってますが、核保有が合法的に認められたからといって、何でもしていいなんてことは絶対におかしい。
戦勝国側の自分勝手でご都合主義的な態度が世界を歪める一因となってると思います。
記念館を出て、もう一度原爆ドームを見たんですが、1,2時間前に見た時と全然違うように見えました。この感覚を忘れないように心の中にしっかりとしまっておこうと思います。
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