1 裁判員制度

 裁判員裁判が平成21年に始まりました。それまでの裁判はすべて裁判官が判断するものでしたが,一般の市民が加わって,有罪か無罪か,有罪の場合にはどのような刑にすべきかを判断することとなりました。

 

2 弁護技術の研修

 裁判員制度が始まった頃,弁護士会で合宿形式の研修がよく行われました。アメリカの陪審制度のもとで長年研究されてきた内容をべーすにしたものです。

 冒頭陳述(裁判の冒頭に弁護士が立証しようとするストーリーを述べます),証人尋問(検察側証人や弁護側証人に対して質問します),最終弁論(裁判の最後に裁判員に向かって弁護人の主張を説明します),それぞれの技術を学びましたが,今日は最終弁論について紹介したいと思います。

 

3 最終弁論

 裁判の最後に行われるのが最終弁論です。この善し悪しによって,裁判員の心証も大きく変わります。

 

 裁判員制度が始まるまでは,弁護士が事前に原稿を書いて,それを法廷で読み上げて,書類を提出するというスタイルが一般的でした。しかし,原稿を読むようなスタイルでは人を納得させることはできません。

 

 では,原稿を暗記して話せばよいのでしょうか。これもダメだと教えられます。そもそも書き言葉と話し言葉は異なるため,書いた原稿を暗記して読み上げても,よく理解できないということがあります。

 

 仮に,話し言葉の原稿を書いたとしても,裁判員はその人が暗記した原稿を読んでいるかどうかをすぐ見抜いてしまいます。暗記した原稿を話す場合,自信がないように感じられ,人の心を動かすことはできません。

 

 原稿を暗記するのではなく,自分の言葉で,「この証拠を見てください。もし仮に○○さんが犯人だとしたら,この証拠が存在することはおかしいですよね。A証人は○○さんの犯行を目撃したと証言しましたが,それは夜中で,月も出ていませんでした。外灯もありません。そんなところで,人の顔を判別することができるでしょうか」などと,裁判員一人一人と順番にアイコンタクトを取りながら,話をするのです。

 

 「この事件については,すべて私の頭に入っています。○○さんが無罪であることは,どの証拠からも明らかです」という自信を裁判員に感じてもらう必要があります。

 

4 最終弁論の準備

 では,ぶっつけ本番でするのか,ということになりますが,そうではありません。

 まずは,一度最終弁論の原稿を書きます。言葉遣いは問題にせず,取り上げるべき証拠,論理構成をしっかりと検討して書きます。

 

 そして,出来上がったら,その原稿を捨てます。捨てるというのは,もう見ないということです。論理構成や注目する証拠などを,A4の用紙1ページにまとめておきます。後は,自分の言葉で話す練習をします。言葉遣いは,その都度変わりますが,それで問題ありません。

 

 最終弁論では,パワーポイントなどを使うことも多くなっています。しかし,パワーポイントばかりに裁判員の視線が向いてはなりません。弁護人に注目してもらい,弁護人の表情や態度から,自信を感じてもらう必要があります。また,弁護人も裁判員の目を見て話をします。裁判員の表情から「ちょっと分かりにくかったかな」と感じたら,その部分を繰り返すこともあります。

 

5 相手を納得させる

 私は10年前に殺人事件の裁判員裁判を担当しました。争点は殺意の有無です。検察官の求刑は殺人と死体遺棄として懲役18年でした。最終弁論では,原稿無しで40分間,裁判員に対して語りかけました。結果は,殺意が否定され,傷害致死と死体遺棄で懲役9年の判決となりました。

 

 裁判員裁判ではなくても,相手に納得してもらいたいと思う場面は沢山あります。弁護士としては,裁判官,相手方,依頼者などを説得することは大切な仕事です。また,家庭やその他の社会生活の中で,相手に納得してもらいたいことが沢山あります。

 

 どういう言葉を使って,どういう論理構成で,どういう態度,表情で話をするのがよいのか,これからも研究,勉強していきたいと思います。

 

 この建物は,弁護士会館として使われていたものですが,今は,取り壊されています。もともとは陪審法廷として使われていました。一時期,日本でも陪審制度があったのです。