1 非正規労働者の増加  

 厚労省のデータによると昭和59年には非正規労働者の割合は労働者全体の15%でしたが,その後増加をつづけ,令和元年では38%を超えています。

 非正規労働者とは,パート,アルバイト,派遣労働者などであり,正規労働者と比較すると待遇もわるく,地位も不安定です。

 

2 非正規労働者がふえてきた経緯

 非正規労働者の割合がふえてきたのは,企業が正規労働者の採用をしぼっているためです。昭和の高度経済成長期は慢性的な人手不足であり,待遇のよい正規雇用でないと労働者を確保することができませんでしたので,多くの企業で正規労働者を採用してきました。

 

 ところが,昭和から平成にかけていくつかの大きな不況がありました。売上が大幅に下がり,企業は何とか倒産をまぬがれようとして,経費を削減しようとするのですが,正規雇用労働者を解雇して人件費をさげることは困難でした。

 

 未来は予測不可能であり,突然に経済を大きく揺り動かすような事態がおこりえます。企業は経営を続けて従業員や取引先を守っていく必要があることから,不測の事態にも対応できるような企業構造をめざしました。そして,選択されたのが非正規雇用でした。有期雇用や派遣労働の割合が大きければ,労働力が過剰になった場合に調整しやすいからです。

 

3 解雇制限

 「正規雇用労働者は簡単に解雇できない」ということを前提として構造変化が生じたのですが,そもそも労働基準法では30日前に予告すれば解雇できると定められていました。ところが,裁判所がこの解雇の条項をかなり厳しく解釈し,正当な理由のない解雇は権利濫用で無効であると判断するようになったのです。

 

 現在は,労働契約法が判例法理をとりこんで「解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,その権利を濫用したものとして,無効とする。」と定めています。

 

4 裁判官が悪いのか

 裁判官が正規雇用労働者について厳しい解雇要件を課したために,結果的に企業は正規労働者を減らして,非正規労働者を増やしました。非正規労働者の割合がこれほどまで増えた原因は裁判官にあると言う人もあります。

 

 裁判官は自分が担当した事件において,不当に解雇された労働者を何とか救ってやりたいと思い,解雇の要件を厳しく判断して,労働者の地位を安定させようと考えたはずです。労働者の地位を不安定にさせようという意図はまったくなかったに違いありません。

 

 しかし,マクロ的に見ると,裁判官の判断が結果的に非正規労働者の割合をふやし,労働者全体の地位を不安定にしてしまったのです。

 私は裁判官の判断が間違っていたとは思いませんし,これからも裁判官は目の前の救われるべき労働者を救うべきと思います。

 

5 日本の農業

 同じようなことは他にもあります。日本の農業は長い間,厚く保護されていました。政府が農家から買い入れる米価は,消費者に販売する米価よりも高かったのです。高く買って安く売るなどということは常識的には考えられませんが,実際にこのような政策によって農家は保護されてきました。

 

 しかし,その結果,農業の効率化は進まず,日本は小規模零細農家ばかりとなってしまいました。日本の農業が国際的競争力を失った原因は,農業保護政策にあります。これも農家のためを思って行った政策が,結果的に農家を苦しめることになったものです。

 

6 人のため

 私たちは,人のためになりたい,人を幸福にしたいという気持を持っています。しかし,何が本当に人のためになるのかは,とても難しい問題です。何が善なのか,何が悪なのかは,簡単に判断できません。ネット社会ではSNSなどで,善悪を簡単に判断して,簡単に発言していますが,大変危ういことです。

 

 歎異抄には「善悪の二つ,総じてもって存知せざるなり」と書かれていますが,何が善であるか,何が悪であるかは,凡夫には知り得ないということです。

 

 相手のためと思ってやったことが裏目にでることは少なくありません。多くの紛争は,このようなことをきっかけとして始まります。自分が善いことだと思ってやったことであっても,そうならないことがあることを自覚しなければなりません。

 

 そして,「おまえのためにやったのだ」と言わずに,「そこまで思いが至らなかった。申し訳ない」と謝罪するようにしたいと思います。