1 弁護士にどんな価値を求めているのか  

 法律事務所に来る人は弁護士に何を求めているのでしょうか。「法的知識だ」とか,「法的なアドバイス」あるいは「勝訴判決を求めている」などと答える人が多いと思いますが,本当にそうでしょうか。

 法的知識を提供するという点では,弁護士よりもGoogleが優れています。その場で,すぐに,しかも無料で法的知識を得ることができます。法的知識の提供ということになると弁護士はGoogleに勝てません。

 また,法的に正しいアドバイスをしたのに,怒ってしまう相談者があります。私には苦い思い出があります。

 

2 腹を立てて帰った相談者

 以前の私の事務所は,貸しビルの2階にありました。ビルの1階から2階へ上がる直線の階段を昇って事務所の玄関に行き着くわけです。ある時,高齢の足の悪い男性が相談に来られまして,その階段を杖を使って,やっとやっと上がって事務所に来られました。

 相談の内容をお聞きしたのですが,なかなか難しい問題でした。裁判をしても,まず勝つのは難しい。そういう内容の相談でした。そこで,私は,「裁判しても駄目です。こういう理由で勝てません」と説明しました。私は,間違ったことはひとつも話した覚えはありません。法的に正しいことを話しました。

 

 ところが,話をしている途中に,突然立ち上がって,「もう帰ります!」と言われて帰って行かれました。足の悪い方で,杖をついておられたんですけども,杖を2階から階段の下へ投げ捨てて,階段に尻をつけてズルズルっとずり落ちるようにして,帰っていかれました。

 腹が立って,本当ならスタスタと走って帰りたいお気持ちだったんでしょうけども,足が悪くてそんなことも出来ないから,そのようにされたと思います。もう20年近く経ちますが,その時の光景を忘れることはできません。
 

 正しいことをいくら言っていても,納得してもらえないのです。そのように判断する理由も説明して,正しいアドバイスはしているけども,納得してもらえない。いくら間違いのないことを言っていても,それだけでは駄目なのです。

 相談者は弁護士に対して法的なアドバイスを求めているわけではないということが分かりました。

 

3 安心と納得

 相談者が弁護士に求めているものは「安心」と「納得」という価値だと思います。

 トラブルに巻き込まれた人は,「この先どうなるのだろう」という不安な思いで一杯です。1日も早く,不安や心配のない,安心で平穏な生活を取り戻したいと願っています。

 また,自分が受けている仕打ちに腹を立てているのは,そのことに納得ができないからです。どうして,自分がこんな目にあわなければならないのか理解できないのです。

 

 相談者の訴えは,様々な形をとっていますから,その本質を知る必要があります。激しく相手を非難したり,「徹底的にやっつけてほしい」と述べる場合もありますが,「やっつけてほしい」と言われたからと言って,仮に弁護士が相手をやっつけたとしても,満足はされません。

 表面的な訴えが本音とは限りませんし,それどころか,本音が違っている場合がかなりあります。

 

4 言っていることではない

 「借金が膨らんでしまって返済が追いつきません。返済のために借金をするような状態です。このままでは破産しなければなりません。破産しないために何とかいい方法はないでしょうか」という相談がよくあります。「破産したくない」という訴えですが,相談者の本心は「破産したら悲惨な生活が待っている。そんな事態は避けたい。借金に追われない平穏な日常生活を取り戻したい」というものです。この願いを実現する方法が自己破産ですので,弁護士は相談者に対して破産を勧めます。

 自己破産することは人生のリセットボタンを押すようなものです。持っている財産の範囲で借金を支払い,残った借金をゼロにしてリスタートするというのが破産という制度であり,破産してしまえば,平穏な生活が取り戻せますし,デメリットはほとんどありません。自己破産した依頼者が「こんなことならもっと早く破産したらよかった」と感想を述べることは珍しくないのです。 

 相談者,依頼者は弁護士に対して,安心と納得を求めています。問題は,弁護士が相談者や依頼者が求めている価値を提供できているかということです。