1 営業の魔法
前回に続いて,中村信仁著「営業の魔法」から,納得の技術を学びたいと思います。
営業マンの皆さんは,色々な話法を研究しています。弁護士にとっても学ぶべきところが沢山あります。
2 イエスバット話法
100万円の請求をしている裁判で,被告が支払う財産がないということで,分割を希望する場合があります。月5万円を20回に分けて支払うというような提案です。
このような場合,依頼者の方が「とっくに支払期限が過ぎているし,自分のところの資金繰りも楽ではないから,約束どおり一括ですぐ支払ってほしい。」と言われることがよくあります。
そんなときに弁護士は,「支払う金がないんだから,一括で支払わせることは無理ですし,判決をもらっても差し押さえる財産がなければ1円も取れませんよ」と返しがちですが,焦ってはなりません。
「そうですよね。とっくに支払期限が過ぎていますよね。資金繰りのこともありますよね。」と相手を肯定(イエス)するところから,始めます。
問題は次の「バット」ですが,これは弁護士が「しかし,相手には支払う金がないといっているのですから,分割は仕方がないのではないですか」と言うことではありません。
「バット」は依頼者に言ってもらいます。そのために弁護士は質問を繰り返すことになります。
弁護士 こちらは一括の支払を主張し,相手が分割支払を主張したら和解は無理ですね。
依頼者 和解にならないと思います。
弁護士 和解がまとまらなかったらどうなりますか。
依頼者 判決がでるんですよね。
弁護士 そうですね。判決ということになれば,こちらの請求が認められると思います。判決の
後,実際に回収するためには,相手の財産を差し押さえる必要がありますが,相手には差押
えできる財産は何かありますか。
依頼者 自宅の不動産には銀行の抵当が付いていますし,預金などもないと思います。
弁護士 そうするとまったく差押えできるものがないのですか。
依頼者 はい。何もないと思います。
弁護士 差し押さえるものがないと,何も回収できないことになりますね。
依頼者 そういうことになりますね。そうするとまったく取れないよりは,分割であっても支払ってもらえる方がいいですね。
このようにバットを自分が言うのではなく相手に言ってもらう方法が本当の「イエスバット話法」です。依頼者は結論を押しつけられたのではなく,自ら結論を導いたことで,より納得することになります。
3 推定承諾話法
依頼者が頭では正しいと分かっているのに感情的に承諾できないということがよくあります。感情を優先させて決断した場合,その感情はやがて薄れていきますので,いつか自分の決断を後悔することになります。
ご自身が正しいと思っている結論を選択できるよう,少し背中を押してあげることも必要です。そのような場合,理屈を説明しても意味がありません。理屈では「正しい」と分かっているのです。問題は障害となっている感情をどのように解決するのかということになります。
妻が夫に対して離婚と慰謝料を請求している調停事件で,夫に財産がなく,「離婚には応じるけれども慰謝料は支払えない」という主張がされています。
調停を打ち切って裁判をすれば,判決で慰謝料の支払いが認められる可能性は高いのですが,夫に財産がなければ差押えはできませんから,実際に慰謝料を受け取ることはできません。
そうなれば早く離婚した方がよいということは頭で理解できるのですが,感情的に慰謝料をゼロとすることができないのです。
このような場合,未来を具体的にイメージしてもらうために,「もし仮に離婚が成立したら」という話を進めていきます。
「もし仮に離婚が成立したら,どこかへ旅行されるのもいいですね。行ってみたいところはありますか」
「もし仮に離婚が成立したら,どこで生活されますが。住んでみたいと思っておられる場所はありますか。」
「もし仮に離婚が成立したら,時間も自由になりますが,何か新しいことを始められますか」
感情から少し離れて,離婚後の自分を具体的にイメージしてもらいます。ギスギスした感情から解放された自由な自分を見つけると,少しずつ心が晴れていきます。そして,意味のない裁判をするよりも,自由な生活を早く手に入れたいという気持が強くなっていくのです。
これが推定承諾話法であり,感情を乗り越えて頂くために必要な話し方です。
営業マンの話し方の工夫は,とても勉強になりますね。
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