パニック障害
パニック障害、それは突如強い不安感に襲われ、付随してめまい、動悸や手足のしびれ、吐き気などを感じたり、死ぬのではないか、狂ってしまうのではないかという恐怖に襲われる突発性の精神病である。
自分はこれを幾度と無く経験してきた。最初の発作はかなりひどく、病院に搬送されるほどだった。
しかし、幾ら検査してもどこにも異常が見つからない。
もともとうつ病を患っていたので行きつけの精神科へ行くと、すぐにパニック障害と診断された。
自分はすぐに精神科へ行ったから良いものの、この障害は前にも書いたとおり、心臓や脳に異常があるのではないかと思い、別の診療科を回ってしまうケースがあることが発見を遅らせてしまう。
別の診療科を回っても、パニック障害なら幾ら検査しても無駄である。
それにパニック障害は、パニック発作が1ヶ月以上続くこと、薬物、身体疾患によるものでは無いこと、他の精神疾患ではうまく説明が付かないことが診断の基準になっており、「他の精神疾患ではうまく説明が付かない」と言う点は非常に曖昧で、似たような症状を持つ精神疾患が複数存在する為、専門家でも何年も治療してからようやく診断を下すケースや誤診してしまうケースも少なからずあるという難解な病気である。
また、自分はそうではなかったが広場恐怖(アゴラフォビア)というものを伴うものもある。
電車の中や、ショッピングモールの中など、人込みで不安の発作が起きると、その場から離れたり逃げたりするのが難しい、という感覚がするため、患者はこれを避けて家にこもりがちになったり、特定の乗り物に乗ることを恐れたりする。
パニック障害にはこれを伴うものと伴わないものがある。
自分は診断されてから薬物療法(SSRI セロトニン再取り込み阻害薬)による治療を行っていて、今では発作の回数は少なくなってきている。それにパニック障害の発作は、兆候があるため鎮静剤があればそれが始まる前に食い止めることもできる。
もう一つ、この障害で死ぬということは無いということを認識するのも一つの手である。
不安の起きる場所に徐々に慣れるように行動し、もし不安発作が起きても破滅的な状況にはならない、という事を体験的に実感させる認知行動療法なども有効とされているからだ。
しかし、診断基準があいまいな上に素人目にはとんでもない病気なのではないかというほどに見えるため、なかなか自己診断で分かるようなものではない。
どちらにしても素人がこの病気を診断するのは危険だ。
自分が書いたような体験をし、いまだにその原因分からないという人は一度精神科へ行くことをお勧めする。
精神病に対する理解と精神病患者自身の認識
欝やパニック障害などの精神に害をきたす精神病は最近現代病の一つだといわれている。
急速にグローバル化し、他人とかかわることが多くなり自分自身を封じ込め、時間に縛られる今日の社会が精神病を発症させる源を作り出すからだろう。
しかし、現代病といわれつつその理解度は低い。
自分の家庭は母が薬剤師、父が医者だがやはりそうである。
自分が精神病になり、その症状もそうだが他人、特に親から理解されないという苦痛を味わった。
目に見える怪我、たとえば流血、吐血、外傷などを伴う病気は理解されやすい部類である。
しかし精神病の類、ストレス性の偏頭痛や欝からくる脱力感や無力感は他人の目から見て理解されやすいものではない。
理解どころか怠けているせいだとか、寝不足なだけじゃないのかといった目で見られる。
当然、他人の痛みを理解するということは到底不可能なことだ。他人が苦しんでいるときにリアルタイムでその苦痛を実感することなどできないのだから。
この現実は精神病の患者にとって大変な障害となる。
ただでさえ多感になりふさぎこんでいる中、他からの理解の無さからくるプレッシャーが襲い掛かってくる。
自分は、もう少し社会は理解を深めるべきだと思う。
そして精神病患者自身も、病気を隠さず素直に受け止め、他からの協力を仰ぐべきだと同時に思う。
精神病は恥ずかしい事ではない 。現代では誰だってなってしまうかもしれない病気なのだ。
一人というのは辛い事だ、いや誰だって一人では生きることはできない。
必ず他との交わりがある。それは現代も昔も変わらない。
その現実を受け止めることがこの精神病という病を克服する重要な要素となるのではないかと思う。
悪夢
自分は立っている。暗闇の中。
ふと気づくと鏡がある。そこにはゆがんだ笑顔を浮かべ銃を構えてこっちを見る2人目の自分がいる。
そして銃声。
腹に広がる激痛、倒れこむ自分。
血の生臭い香りとそれが広がり体から流れ出ていく感覚。
鏡がわれ、2人目がこっちへ歩いてくる。
ゆがんだ笑顔を浮かべ銃口を自分の頭に向け言う「さよなら」と。
そこで夢は終わる。
自分が2人目から開放された後からよく見る夢だ。
背筋が凍る思いだ。
いったい何を暗示しているのだろう・・・。
体は1つ。精神は2つ。
解離性同一性障害、簡単に言うと多重人格は、一人の人間の中に多数の人格を持ってしまうという精神障害だ。
最近までは自分も「そんなことは嘘だろう」と思っていた。
しかし過去の暗黒時代の記憶や勉強からくるストレス、人間関係の疲れからとうとう自分の精神は崩壊。
"もう一人の自分(以下2人目)がとうとう具現化した時だった。
あのときのことは今でも忘れない。
その瞬間、本当の自分は2人目のやっていることを、どこか狭い部屋のような所で見ていた。
その部屋にドアは無く、小さなテレビが置かれていた。そこに2人目がやっていることが映し出されていた。
そして2人目は親の金、クレジットカードを勝手に乱用し続ける日々を送った。
本当の自分はそれを傍観するしかなかった。
そんなことをしていたらいつかはばれると2人目も分かっていただろう。
しかし二人目はかまわず動き出す。引き返せないような行動をしていても・・・。
2人目は本当の自分のふりをし、何食わぬ顔で本当の自分の生活すらも送っていた。
乱用した金額は100万円を超えた。
やがてこの狂った行動も親の知れることとなった。
攻め寄ってくる両親、2人目は部屋の家具を狂ったように動かしドアのすべてを封鎖した。
そして2人目は自決すらも覚悟していたのだろう、牛刀並みのタクティカルナイフを手に握っていた。
傍観するしかない自分も不思議と落ち着いていた。もしかしたら死ぬのを望んでいたのかもしれない。
自決する前に私は親に助けられた。本当の自分が2人目から開放された瞬間でもあった。
あれから数ヶ月、自分は他の精神病も解決はしていないが、徐々に普通の生活を取り戻しつつある。
しかし、2人目が消えたわけではない。
2人目は待っている、自分の心の隙間ができる日を・・・。
