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竹鶴政孝「ウイスキーと私」
3月25日(土)は、サンボーホールの古本市に行ってきました。たぶん年に2回開催かな…
神戸で一番大規模な古本市です。
24日(金)~26日(日)まで3日間の開催で、二日目に行ったので掘り出し物は無理だろうとあきらめていたのですが、物色を始めていきなり見つかりました。
竹鶴政孝の「ウイスキーと私」が文庫本の中に混じって、500円の値札を付けていました。大きさは文庫本サイズですが、箱入りハードカバーです。
竹鶴政孝は日本のウイスキーの生みの親と称され、スコットランドにウイスキー醸造を学び、寿屋(現サントリー)の鳥居社長に請われて、山崎に日本で始めてウイスキー工場を設計した人物です。
竹鶴政孝は当初、ウイスキー作りにはスコットランドと気候の似た北海道が最適地であると提案したようですが、工場見学を売り物にしたかった鳥居社長が大阪近郊にこだわったため、山崎に建設が決まったようです。
サントリーとの契約期間を満了した竹鶴政孝は、理想のウイスキー作りを実現するため、自ら「大日本果汁」という会社を北海道の余市に設立し、ウイスキーが熟成するまでの間はリンゴジュースを販売していたようです。ニッカの名前は、「ダイニッポンカジュウ」に由来しているということです。
「ウイスキーと私」のなかでは、スコットランドでの苦しい留学生活や、同地で恋に落ち、妻として連れ帰ったリタとの出会いなども記されていて、いっきに読み終えてしまいました。
竹鶴政孝のことは「ヒゲのウイスキー誕生す」や「リタとウイスキー」という本に描かれていることは知っていましたが、まさか本人の本があるとは知りませんでした。
それもそのはず。「ウイスキーと私」はニッカウイスキーが発行する「非売品」だったのです。アマゾンで調べると、3~5千円で取引されています。
今度、北海道に行くときには、必ずニッカウイスキーの余市工場を訪ねてみようと思います。
そして、余市工場を見下ろす丘の上に眠る竹鶴政孝とリタのお墓にも参ってみたいと思っています。



