【E・M・I】の私の思い
自然と起床が早くなり、朝に余裕が出る季節になった。一日の開始が早くなり出来る事が多くなった。春を楽しむ間もなく日中は既に初夏。これから汗に苦しむ季節到来を憂う今日この頃。本日の金言誰にもというのは自身の事ではないかと解釈している。自分に負けない事が何より難しい事は何万回も味わっている。子供の頃からあまり他人に左右されずにいたのだが年を重ねる毎に周りの影響に感化されそれに合わせる様になっていた。最近になって特にそれまで違和感を覚えていた感化が明らかに自身に合っていない事にようやく気付いた。約30年前にサラリーマンを辞め家業を継ぐ形で実家に戻った。父と金物屋を立て直しながら時代に合った次の事業を模索していた。が、その直後の阪神淡路大震災の被災により構想は棚上げになり当時抱えた負債の返済に明け暮れる年月を重ねた。兎に角稼がなければという半ば強迫観念のようなものに憑りつかれ実家を継ぎ立て直すという大風呂敷を広げた見栄が自身を苦しめ輪をかけてお金を稼ぐためにという今から思えば私らしからぬ思いで昼夜問わず働いていたのが三十歳からの私の人生だった。割のいい仕事なら何でも、特に深夜のコンビニバイトが本業の様に睡眠時間を削りながらの日々が続いていた。それからもアルバイトや人からの紹介などあらゆる仕事をやった。たまにそういえばあんな事もやっていたなど、ふと思い出す事がある。元々好奇心旺盛な方でいろんな仕事を経験してみたかったせいもある。おかげで表から見えなかったものが見えたりと楽しい世界もあった。がそれまでの仕事を一生やり続けようとは思わなかったし一生懸命尽くしたが楽しいと感じられた仕事は殆どなかった。あの時代から30年が経ちようやく遣り甲斐という価値を感じられている。同じお金を稼ぐのに気持ちいや心持ちの違いは何あったのだろうか。私がやりたかった事はお客様に喜んでもらう事であったと最近になりようやく気付き、気付かされている。確か外食産業のサラリーマン時代も直接お客様に喜んでもらう事、満足していただく事、ばかり考え心身を削って働いていた。その心掛けさえあれば自営業でも成功できるという確信があった。がいつの間にか負債返済のためのお金稼ぎを最優先に働いていた。その頃私が身を置いていた世界はお金第一主義で稼いだもの勝ちでまさにビジネスとして間違ってはいないもの心より金を優先していた。これまでの私の人生の間違いの一つはその考え方が自身に合ってなく無理やり周りの常識に身を置いてしまった事だと思う。その世界に於いて多少なり身を立てる結果は出せたが虚しさはあった。一生続ける仕事ではないと頑張りながらも心の中でそう思っていた。そのうち浮き沈みの激しい世界で振り出されてしまい半ば路頭に迷い、色々な事に手を出したが上手く行かずどん底に沈む様な虚無感な日々。いまこの仕事に巡り合い30年間遠回りしたが辿り着いたこの天職、それを見つけるまで寄り添い助けてくれたのは彼女であった。ようやく天職をつかんだ私を見届け彼女は天国に旅立った。結局最後まで彼女には恩も感謝も返す事が出来ず人生をやり直している。【E・M・I】のきっかけを私に持ってきてくれたのも彼女であった。まさに置き土産というにはあまりにも大きな遺品である。この施術で出来るだけたくさんの凝りで悩んでいる人のためになりたい。きっと彼女だったらそうする事を望んでいただろう。私の人生に絶望感を与えたのも、そして生きる希望を残したのも彼女。この【E・M・I】を成功させることが今の私の遣り甲斐になった。稼ぐより、稼ぐためにもお客様に満足を提供する事が第一優先。そして天国で見ている彼女のためにもやらねばならない。彼女からたくさんのものをもらい生き永らえている。だからこれからは私が大切な方にそれを送る。