遅くなりましたが、2026年も宜しくお願い申し上げます。

 

今年最初の献血を神戸で。

まずは、ランチ。

駅近くにある中華を。

日替わりランチを注文。

メインは、エビマヨ。

私、マヨネーズが大嫌いなんですけど、このマヨは独特の臭みもなく美味しかったグッ

(と言いつつ、可能な限りマヨネーズを更に擦り付けて落としましたがアセアセ)

 

お店を出た後、何かスイーツを食べようと移動。

前々から行ってみたかったチーズケーキ専門店へ。

約1年前に店の前を歩いた時は、若い子たちで凄い行列(数時間待ち)が出来てたのに…

今は、全く並ぶ事もなく待つ時間もなく直ぐに店内に入れる。

「映え」のブームが過ぎたら、そんなものかと…

 

ケーキのお味は、美味しかったですよルンルン

(チョコの方は、底のクッキーが凄く硬かった)

 

その後、献血ルームに。

ブログにアップするのは初めてとなる、献血中の写真w

 

ポイントが貯まっていたので、プレゼントの中から食器用洗剤を選択。

(基本的に、私は食器用洗剤を貰っています)

そして、足を運んだ当日はバレンタインデーだったので、チョコも頂きましたルンルン

 

そういう今年初の献血でした。

 

 

伯母が亡くなった事を知った。

しかし、それを知ったのは、二ヵ月後…つい先日だった。

母が、ケータイに電話をしたものの「現在、使われておりません」という音声案内に切り替わっていた事に違和感を覚え、自宅に電話したところ、伯母の夫から「亡くなった。」と告げられたそうだ。

普段から、連絡を取りにくかった理由…それは、伯母の夫の気難しさ。

今で言うところの「モラハラ夫」「DV夫」。

母も伯母も、それに気を遣ってお互い連絡をしにくい関係性となっていた。

 

3年前から、膵臓がんで入退院を繰り返していたと…

「瘦せ細って弱っていく姿を見せたくないし、見られたくない。」

「心配するから連絡しないで。」

伯母は、家族に何度も伝えていたそうだ。

そういう事があったからか、母も私も、伯母が闘病していた事を全く知らなかった。

 

ですが…亡くなった場合、やはり知らせませんかね?

(家族葬で済ませたかったのかもですが、それでも亡くなった事は伝えるのが筋ではと)

(こちらが様子を窺う電話をしなかったら、ずっと知らないまま過ごしていたと感じる)

私にとっては親戚、母にとっては実姉の存在です。

生きてきた時間の中で、揉め事は何度もあったにせよ、それでも血縁関係は確か。

絶縁になるような関係性だったのだろうか…

姫路と明石、十分すぎるほど日帰りが可能な距離にお互い住んでいるのに…

 

以前にもブログに書き込んだ事がありますが…

この伯母が、某新興宗教に信仰していたわけで…

そういうわけで、私自身、伯母に対しては快く思っていない面がありました。

家が、ほっと落ち着ける空間ではない…家には、自分の居場所がない…

今にして考えると「伯母には、そこにしか救いがなかったんだろうな…」と思っている自分もいます。

そこしか拠り所が見い出せなかったという事には、あまりにも切ないと言うか…

(勿論、だからと言って、新興宗教に縋る事を手段の一つとして肯定する気持ちには到底なりませんが…)

(お布施をするぐらいなら、何らかの事情で困難を抱える人々を支援するNPOなどの団体に寄付する方が「生きたお金の使い方」になると私は思っているので)

 

私自身、伯母に対して思い違いと言うか、理解しようとしていない部分があった。

その反省が、自分の心に残り続ける別れとなってしまった。

(これについては、実父を亡くした時と同じで…私は、全く成長がないなと感じる)

 

「あの世では、抱えていた悩みと苦しみの全てから解放されていると良いな…」

それが、今、伯母に対して抱いている気持ちだ。