彼女たちは低い声で笑いながら言った。

「また水筒触られたんだけど」

「うわ〜、最悪やん!」


その言葉は、怒りというより、

既に結論の出た事実のように、軽く吐き出された。


私の頭には、すぐに一人の男の顔が浮かんだ。


背が低く、

冴えない顔立ちで、

どこか年齢の分からない曖昧な雰囲気をまとった男。


彼は確かに距離感が妙だった。

女の子にだけ過剰に親切で、

その親切が、いつの間にか「権利」のような顔をする。


だが彼は、暴力的ではなかった。

怒鳴らない。

責めない。

むしろ、どこか不器用で、

善意を善意のまま差し出しているようにも見えた。


だからこそ、私は混乱した。


彼女たちの嫌悪は正しい。

触れられたくないものに触れられたのだから。


だが同時に、

彼の行為が「犯罪者」のそれとして

即座に裁かれていく光景に、

私は寒気を覚えた。


彼は悪人なのか。

それとも、

嫌悪される側に回ってしまっただけの人間なのか。


そして、

もし彼が背が高く、

清潔で、

愛嬌のある顔をしていたなら、

同じ行為は、

同じ言葉で語られただろうか。


その問いが、

私の中で音もなく膨らむ。


私は気づく。

ここには「正義」と「悪」だけがあるのではない。


あるのは、

触れていい身体と、触れてはいけない身体

好意として受け取られる行為と、

 嫌悪として処理される行為


その境界線は、

行為の中身ではなく、

行為者の「全体像」によって引かれる。


私は再び、

自分がどちら側に立っているのかを確かめてしまう。


そして同時に、

その立ち位置が、

いつ崩れるか分からないことも、

痛いほど理解してしまう。


私は彼を擁護しない。

しかし、

彼を切り捨てる声に、

心から同調することもできない。


なぜなら私は、

彼が踏み越えた線の手前に、

自分の影を見てしまったからだ。