今回のアルバムでとても気に入っている曲がある、、(もちろん基本全部だが、、)
それはアルバムの押し曲でもある「SOMEDAY」
この曲を作り始めたのは確か5月ぐらいだったと思う。
今回はメロディーを重視してアコギ一本でもヤバイ曲にしようというコンセプトを元に
あえてレコーディングスタジオを離れ、なんとエイベックスの3階にある会議室で曲を作り始めた。
いつもライブでお世話になっている浜崎快声クンにアコギと簡易録音機材(プロツールス)を用意してもらい。
いざ作曲スタート、
僕は常に名曲とは鼻歌から生まれると思っている、大きな窓から六本木ヒルズが見え、高層マンションの上に
きれいな月がゆらりと浮かんでいたのを覚えている。
そして快ちゃんの奏でるギターにJAMOがあの「SOMEDAY」のサビフレーズをふと鼻歌で歌ってみせた。
正直鳥肌がたった、、、ディレクターだけどアコギとJAMOの生声をまじかで聞くと、、ほんとゾクっとする。笑)
はい、、、単なるファンです、、、、笑)
そのサビフレーズ聞いた瞬間、これは名曲になると確信した。
そして何時間もかけ、この曲の母体となるメロディーを完成させ、
サビメロディーとともに出てきた「SOMEDAY」という言葉から、どんなリリックにするのか話し合った。
正直、僕は「いつか」という言葉にはポジティブなイメージを持っていた。しかし数日後、JAMOが書き上げてきたリリックを見たとき、「えええ!!!!」と心で叫んだことを覚えている。
「できればあのままで、、、あなたのJrに出会えたかもね。」
このフレーズを聞いた瞬間、、、
この歌の主人公は中絶を経験したのかも知れない、、、と思った。(もちろん、、これはJAMOの実話?なんて本人に聞かなかったけど、、、)
それはそれは、、ヘビーな失恋ソングだった、、、たぶん、、結婚まで考えた人との別れだ、、、
リリックを最後まで読んで、、、僕はフラッシュバックのように自分の経験がよみがえってきた、、、、
僕は実は×イチだったりする、、、
10年も付き合った彼女と結婚、、、そして2年後に離婚、、、、
理由はここでは書かないけど、、、
たぶんその人と人生で一番いい20代を過して、たぶんすべてのキラキラした思い出もその人と共に刻んだ、、
離婚が成立した時、、、、部屋でずっと途方にくれていたのを覚えている。
目にする部屋にあるすべてのものに彼女の思い出あり、捨てる気力もなく、、固まった時間の中、、、
男のくせにそれらを眺めながら正直泣いた、、、
また外に出ても自分の行動のテリトリーすべてに彼女の思い出があり、、、救いがない日々を送っていた気がする、、、唯一救いが眠ること、、、、まさにDREMING、、、
心配した友達がいろんな女の子を紹介してくれたり、出会いの場に引きずりだしてもらったりしたけど、、、
自分でも驚くほど、、、まったく心が動かなかった、、、(今思うとかなりおしいことした、、、)
そのときは本当にもう誰かを好きになんてなれないと本気で思ってた、、、、
なんだろうね、、、今思うと、、ほんとは彼女に未練があったわけじゃないのかも知れない、、、
自分の人生で一番大切な時間だった10年を、、、この先否定しながら生きてゆくことが
とても怖かったんだと思う。
まあ、正直今でも人と接するのは苦手です。うまくコミュニケーションが取れません、、(ハイ、少し壊れてます、、、)
最終的に2年もまったく復活できなかったな、、、、笑)
でもみなさん、、、僕には止まって見えていた時間は、、、着実に「SOMEDAY=いつか」に向かって動いていたのです。
僕がその証拠です。(例その1)
今は再婚し、、、、2人の子供を持つ父になっています。(前妻とは子供はいませんでした。念のため)
新しい恋をして家族まで持って、、、ほんと平凡ですが、幸せな人生を送っています。
時間はよくも悪くも、、けっして止まってはくれません。
よく、、、観察してみてください。止まって見えている時間も実は
いつかに向かって確実に動いているのです。
だいじょうぶ、、、
あなたにも必ず
「いつか」は訪れます。