明日はご主人様の誕生日。

今年は大好きなチーズケーキでも作ってあげよう

優雅にケーキを作る。

なかなか焼けないなぁ・・と思ってみたらもう18時を回ってる。


まぁあせらず待とう

と呑気にしていたら

外でどすーーーーん!なんて音がした。

今日は雷雨があるなんていってたっけ?

これまた呑気に過ごしていたら

今度はどんどんどんどんっ!

今度は連続かい。

そうか!今日はどこかで太鼓でも打ってるのか。


ケーキの香りがいてきた中で色々想像をしていたら

なかなか太鼓の音がやまない。

というかさっきより音が激しい。


なんだなんだ?

窓を開けてみたら

どうやらどこかで花火大会をやってるらしい。

すごーい!という子供の声は聞こえるのに、夜空を見上げても花火のはのじも見えない・・変なの。

こんな時期に花火大会?

寒そうだね


考えている間に、ケーキが焼けた。


今日一晩冷やして明日食べよう。



うちから自転車で10分。
「長居大歓迎」のコメダ珈琲がある。←ガイアでいってたよ

今、かれこれ3時間くらいここにいる。
高い天井に木目の壁、長時間座っていても痛くならないソファ椅子、好きに読んでいい新聞に雑誌。広い空間とガヤガヤしてない適度な話し声。
飲食OKの図書館に来たみたい。

通路を挟んだ横の席には試験勉強をしている男子高校生。
私の向かいには頑張って勉強している夫。家でするより集中できてるらしい。捗ってる。

自分は、、

読みかけの本を読む。
借りてきた音楽を聴く。
ここからすぐの図書館で別の本を借りてきてまた読み始める。
そしてブログを書いてみる・・

なんでもない時間がすごく優雅にかんじて。幸せよ。




地方のゆったりした喫茶店にきたみたいね~、いやいやここは東京三鷹です。

何回このやりとりをしてるんだ頭の中で。


それにしてもうちの受験生はいつ帰ろうと言い出すんだろう・・
閉店まであと一時間半なんだけどな。私はお腹すいたよ。








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なんでこんなに集中してみるんだろう、あなたは。

最近のテレビはつまらないといっているあなたが。

そして今は資格取得のため勉強のほうに集中しなきゃいけないと思われるあなたが。

スクールウォーズになぜそんなに釘づけになる・・

その姿が

子供がテレビに入ってしまうくらい画面にくぎ付けになるそれに似ていて

横でみていて可笑しい。


CSのTBSチャンネルで開局記念一挙大放送なんていうのをみつけ

録画しておいた。

自分も子供のころ見ていたので懐かしかった。



話がシンプルで

伝えたいことが明確だからわかりやすいし

一話で必ずすっきり問題が解決するし

もやもやしないし

ジーンとくるものがあるし

スカッとするのもあるし

なんかあの半パンが短すぎてみちゃうし


確かに、今みてもおもしろい。

最近の意味不明な現実味のないドラマよりおもしろい。


この人○○っていう俳優だよね~

よく覚えてるね~

このあとこうなるんだよね、たしか

えーそうだっけ、こうじゃない?

いやこうだったよ、たしか~

それにしてもわかりやすいよね~

っていうかみんな素直だよね~

先生いいこというよね~

奥さん物分りよすぎじゃない~

こんなひといないよね~


などなど



夕飯時テレビ画面を見ながら

うちでは今こんな会話が飛び交ってるのです














膨大な量の本の中から
無意識に選んだ作品の内容が
その時の自分にとても共感できるものだったり、納得させられたり、頭にすーっと入って来るときがある。
その偶然性にびっくりする。
これは偶然じゃなく、必然ね。

今は角田光代さんのドラママチ。





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 先日NHKBSでやっていた「裸にしたい男」という番組で竹野内豊の特集をみた。

単身ニューヨークに渡り、ハリウッドスターたちをも教えたことのあるというロベルタウォラック先生に演技を教わりに行く期間を密着していた。

今まで演技のレッスンを一度も受けたことがない、という。

レッスンなんか受けなくたって仕事があるんだから羨ましい。


本当に俳優って資格みたいに一定の合格点みたいなものがあればいいのに。

何度そう思ったことか。

うまいから仕事があるわけじゃないし

下手ならもっと問題外だし

真面目にやればやるほど、納得できないことが多かった。


 その、レッスン風景をみて本当にびっくりした。

一流のレッスンが自分たちがログハウスでやっていたこととほとんど同じだったから。


例えば

役をつかむには役のニード(need)を探すこと

セリフはあとからついてくるもの、役を感じると最初はセリフが飛んでしまうこと

頭で考えない、感じる、感じたままを声に出したらどうなる

イメージしたものを体で感じたまま、もったままやる

頭で考えてることをとっぱらわないと役の入るスペースがない

自分でおこさない、感じたことをそのまま出す、などなど



自分が言われてきたことと同じことを彼も言われていた。

初めてこの稽古をしたときにわからなかったように彼もわからないを連発していた。

キャリアがあるからできるかといえば違う。

頭で考えてるうちは見つからないんだ、これが。

昔の自分をみてるみたいでつらい思い出が蘇るとともに、苦悩してることが手に取るようにわかった。



あの頃必死にどこかからもってきた使い回しの表現方法を頭に詰め込んで、翌日の稽古に挑み玉砕する。こうやっちゃいけない、こうしなきゃいけないと足枷をいつの間にか勝手につけていていきづまる。

イメージできる表現なんて限られてるんだから当たり前なのに。

感じることが大事なのに、それがわからなかった。

それは芝居じゃなく自分だから、芝居=何かしなきゃいけない、と勘違いしていたから。


役のニードをもったまま相手役や空間を感じる

そうしたらどうなる?

これが役を生きること。

無名の小さな劇団ログハウスはこんな一流の稽古をしていてくれていました。

教えてくれていたのは脚本・演出家仁瀬由深さんです。



このことを習得してから自分の芝居が劇的に変わりました。

だからといって仕事が舞い込んでくるわけではないのがつらいところですが。

でもなくさないよう持っていたいと思いました。いつか役に立つ日がくるかな。


今後の竹野内さんの演技がどう変わるのか楽しみです。