先日NHKBSでやっていた「裸にしたい男」という番組で竹野内豊の特集をみた。
単身ニューヨークに渡り、ハリウッドスターたちをも教えたことのあるというロベルタウォラック先生に演技を教わりに行く期間を密着していた。
今まで演技のレッスンを一度も受けたことがない、という。
レッスンなんか受けなくたって仕事があるんだから羨ましい。
本当に俳優って資格みたいに一定の合格点みたいなものがあればいいのに。
何度そう思ったことか。
うまいから仕事があるわけじゃないし
下手ならもっと問題外だし
真面目にやればやるほど、納得できないことが多かった。
その、レッスン風景をみて本当にびっくりした。
一流のレッスンが自分たちがログハウスでやっていたこととほとんど同じだったから。
例えば
役をつかむには役のニード(need)を探すこと
セリフはあとからついてくるもの、役を感じると最初はセリフが飛んでしまうこと
頭で考えない、感じる、感じたままを声に出したらどうなる
イメージしたものを体で感じたまま、もったままやる
頭で考えてることをとっぱらわないと役の入るスペースがない
自分でおこさない、感じたことをそのまま出す、などなど
自分が言われてきたことと同じことを彼も言われていた。
初めてこの稽古をしたときにわからなかったように彼もわからないを連発していた。
キャリアがあるからできるかといえば違う。
頭で考えてるうちは見つからないんだ、これが。
昔の自分をみてるみたいでつらい思い出が蘇るとともに、苦悩してることが手に取るようにわかった。
あの頃必死にどこかからもってきた使い回しの表現方法を頭に詰め込んで、翌日の稽古に挑み玉砕する。こうやっちゃいけない、こうしなきゃいけないと足枷をいつの間にか勝手につけていていきづまる。
イメージできる表現なんて限られてるんだから当たり前なのに。
感じることが大事なのに、それがわからなかった。
それは芝居じゃなく自分だから、芝居=何かしなきゃいけない、と勘違いしていたから。
役のニードをもったまま相手役や空間を感じる
そうしたらどうなる?
これが役を生きること。
無名の小さな劇団ログハウスはこんな一流の稽古をしていてくれていました。
教えてくれていたのは脚本・演出家仁瀬由深さんです。
このことを習得してから自分の芝居が劇的に変わりました。
だからといって仕事が舞い込んでくるわけではないのがつらいところですが。
でもなくさないよう持っていたいと思いました。いつか役に立つ日がくるかな。
今後の竹野内さんの演技がどう変わるのか楽しみです。