年間を通じてカツを食べることは、意外と少ない。
家では勿論のこと、外食でもあまり注文する機会が少なかった。
毎年春に受ける人間ドック明けの昼には、
前夜から絶食してガマンしていた胃へのご褒美に、
会社近くの和幸で「さざんか」という定食を頼むのが恒例だ。
ロース数枚とメンチカツの中にチーズが挟まっているやつで、
シジミの味噌汁を何度もお替わりをし、キャベツも最低限2回お替わりする。
カツ丼は、二か月に一回位の頻度で食べる。
犯人を落す時に食べさせるこの品は、
何故だかとても優雅な気持ちになる。
そして背徳感に近い、異様な興奮も伴うのだ。
こんなに美味しいものを食べていいのだろか、
きっと近々、罰が当たる、という罪悪感が湯気の中に漂う。
賞味期限切れしたお揚げが、一枚冷蔵庫で登用を待機していた。
テフロン鍋にめんつゆ、多めの水、味醂、塩少々を入れタマネギと共に、
この揚げを一枚ごと一緒に炊いていく。
一旦、この煮汁を揚げごと丼に引き上げ、
揚げだけ鍋に戻す。
そして鍋に油を引かず、そのままカリカリになるまで弱火で焼く。
それが上掲した画像だ。
めんつゆの甘みをまとい、サクサクとした味わいを作り上げる。
丼から鍋にタマネギとめんつゆが一体化したものを戻し、温める。
味が整ったのを見計らって、揚げをサク、サクッと包丁で切り分けたものを載せる。
このサクサク感、クリスピー感が、たまらく魅力的なのだ。
丼に卵を落し、かき混ぜたら、一気に鍋に回し入れる。
卵とじの端を箸で整えながら、成形していく。
卵とじに隠れた揚げは、どう見ても、カツ、に見えるから面白い。
私は白身がドロドロで残った食感を好まないので、
一旦蓋をして10秒程蒸らす。えい。
この行程ひとつで卵とじは白身の延命を殺ぎ、
黄身への迎合を宣言させる。
丼にご飯を盛り、そこに、この卵とじをズルズルっと滑らせて盛り付ける。
このクリスピー感、そして、甘辛い味をまとった演技力、
賞味期限切れの揚げの頑張りは、見上げたものだった。
卵とじとご飯との融合は、揚げだろうとロースかつだろうと、
その存在に影響は受けない。
常に、仲良くタマネギの甘さに騙されて、
果てた後のように、ぐったり一体となって、横たわっている。
男の料理の鉄則には、素早い、という点も重要だが、
洗い物を増やさない、という点も極めて重要だ。
家事の鬼才としては、洗い物も自分に跳ね返ってくるわけだから、
出来る限り限られた食器や調味器具で遂行する。
この日のMVPは、誰かおわかりか。
丼、である。
①揚げと玉ねぎをめんつゆで炊いたものを一旦引き上げたボールの役目。
②溶き卵を溶くための器の役目。
③そしてご飯を盛られる役目。卵などは丼の肌に付着していようと関係ない。
こうして私は、平日の朝、平時なら溝の口辺りを通過する時間に、
鮮やかに手際よく、最高の味で丼をかっ喰らった。
男は本業での活躍が最も問われる。
が、私はそれ以上に、こうした主婦顔負け以上の技量で、
更にその上を行こうと、日々精進している。
これこそが、本当の、精進料理と呼ぶべきではないか。