実際の成り立ち。は「実態」ということもできるのだろうか。
実態は人間が色々な見方で色々な事を言ったり解説したりもするが、それとは一線を引いた全くの別のものであろう。
人間一人一人が色々な意見を言ったり、それをそうだと決めつけたりしてもいいが、基本的に全く別の質のものなので、実態というのをどれだけ見ようと、知ろうとできるか。
決めつけや偏りのない頭で知ろうとするなれば、、、
成り立ちを知ろうとしていくもの。
また造っていこうとするもの。
何をしようとしても成り立ちというのはつきまとってくるだろう。
そこにあるもの。成り立ちの本質を知ることで真理というものに近づいていくものでもあるのかな。
単純にこうなったからこうなった。という表面的な一時的なものも、その本質があるのだろうと思う。なぜケンカをするのかというと何か理由があるのだろう。
人間がこうだと決めれないものがそこにはあるのではないだろうか。
理由付けをしても所詮は人間が言う理由だろう。
本質はどこにあるだろう。
そうなっていくと自分の人生も楽しいものになっていきそうだ。
ほんとかな。