五感の中でも視覚は王様と言われる。
視覚から得られる情報量は八割を超えるからだ。
聴覚、嗅覚、触覚、味覚で残りを分け合う。
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「見えなくなったら生きていたくない」とか、「五感の中でも視覚が失われるのは一番嫌だ」と言う話を時々耳にする。
私のように進行性で不可逆的(一度悪くなったら治らない)と言われる目の病気を持つ者にとって、そのような会話が聴こえてくると心の何処かがチクリと痛む。しかし同時に私もまた視覚を失うのはリアルに怖い。だから会話の主を責める気持ちはサラサラない。心のなかでは激しく同意しているのだから。
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先ほど書いたように、視覚は情報の八割ていどを担っているが、五感から得るのって情報だけではないよね…とも思うのだ。他の役割に注目することもできるのではないか?
見えなくなっても
風を感じたり、草や花の匂いだったり、音楽を聴いたり、美味しいものを食べたり、心地のよいものを触ったり![]()
ときに安らぎや楽しみ、希望を与えてくれる手段でもある。
見えないという圧倒的不便や見るもいう大きい楽しみの喪失が簡単に無くなるわけではないだろう。
けど、残っている感覚がきっと私に寄り添ってくれる。
視覚(←に限らずだが)を失った哀しみを少しずつ埋めてくれる。勿論なってみないと解らないし簡単なことではないのは分かっているけど、そう思うと少し穏やかになる。
(勿論、視覚を失わないことが一番良いことなのでできることはなるべくやりたいと思ってます
)
うまくかけなかったけど![]()