グリフォンロードCPのネタバレを含みます。ご注意ください。
青空を包み込もうとするように、砂塵は静かに舞い広がる。地表はほとんど見えないが、砂埃の中心部に何かが動くのが目に止まった。「ゼブラの群れだな。」いつの間にか、隣に立っていたニオが言った。そのすらりとした美しい体躯を一瞥してから、レンは答えた。「ああ、群れと言っても4・5頭だろう。あそこにポツンとある水場に集まっているようだ。」「今日は、風が強くなりそうだ。」ニオの言葉に、レンは改めて親友の顔を振り返った。言外を読んで欲しそうな響きを感じ取ったからだ。ニオはこちらには顔を向けずに、ゼブラ達に視線を向けたまま微笑んでいる。体つきだけでなく、顔つきもとても美しい。レンも同じエルフであるから、自分の容姿には多少の自負がある。しかし、ニオの美しさは別次元だと感じている。レンの恋人のローラが、ニオではなく自分を好きになったことを今でも不思議に思っていた。「いいよ。行こうか。」レンが言うと、ニオはようやくこちらに顔を向けた。微笑みが、爽やかな笑顔に変わっている。「やったぜ!さすがレン!それでこそ友達だよ!」1時間後、2人は朽ちた神殿らしき建物の前にいた。2人の他に、傍らには小さな女の子が2人立っている。どちらも大きな耳を持ったレプラカーン。姉妹だ。姉のタニアと妹のマウア。2人とも、この神殿をねぐらにしていた。古い遺跡探索が好きなニオとつるんで行動している際に、ひょんなことから知り合いになった。ニオがタニアに話しかける。「タニア達はさ、ここに住んでるけど、まだ行ったことがない場所も多いんだろ?」「うん。ここは、結構奥が深いんだよ。ぼくらでも、まだ入ったことのない部屋がたくさんあるんだ。」「だろ?だからさ、今日はみんなで冒険してみないかい?」そこで、レンが口を出す。「いつものことだけど、勝手に入っていいのかなあ。」腕組みをしながら悩んでいるレンの肩を、またまた爽やかな笑顔を作って、ニオがぽんと叩いた。「そう言って、レンはさ。ローラがいない時に、遺跡探索したのがバレたら怒られると思ってるんだろ?大丈夫だって、ローラには黙っておくからさ。」やれやれ。ニオには何でもお見通しか。レンは肩をすくめて、タニアとマウアを見た。タニアは、マウアを優しく見下ろした。「マウア、行ってみたい?」「うん。マウア、行ってみたい!」その言葉で、全ては決まった。
冒険は、予想以上に困難を極めた。というのも、ただ歩き回れば良いというものではなく、神殿内部には古い仕掛けがたくさん施されていたからだ。4人は何度も心が折られそうになりながら、なんとか奥へ奥へと進むことができた。そうして、ある大きな部屋を見つけることができた。そこは部屋というよりも、広間のような場所だった。天井はとても高く、周囲には荘厳な雰囲気が満ちている。明らかに他の部屋とは異なり、なんらかの宗教的な意味を持った空間であることがわかった。空間の中央には、像がそそり立っていた。かろうじて彫り跡のようなものが見てとれたため像だと判別できたが、それがどんな種族のもので、はたまたどんな性別のものなのかは全くわからなかった。ただ3人は事前にニオから、この神殿はある女性神を祀ったものらしいと聞かされていたので、漠然と女性神だろうと感じた。レンは感動に打ち震えて、「じ、実に神秘的だ。」と漏らすのが精一杯だった。生まれ育ったオアシスを起点とした小さな集落であるマカブで、長であるワリムに師事して神官の修行を積むレンにとって、神秘的な雰囲気は大いなる喜びと同義であった。彼は自然と膝をつき、「こ、これは、ぜひマカブのみんなにも、見せてあげたい。」と独り言とも提案ともとれる叫びを挙げた。すかさずタニアが、異を唱える。「えー!せっかくぼくらが苦労して見つけたのにー。誰かに教えちゃうのは、もったいないよー。ねぇ、ニオ。」タニアとレンはニオを見た。さっきからニオとマウアは、一言も発していない。おそらくニオも感情の昂りから、うまく声が出せないのだろうと予想していた2人は、やや違和感を覚えた。ニオは青空の下で見せた爽やかな笑顔とは、打って変わった表情を見せていたのだ。笑顔は笑顔であった。だが、長年の付き合いのあるレンが、今まで見たこともない喜悦溢れる口元であった。レンは、たぶんこれはタニアもであろうが、その口の端に得体の知れぬ不安を覚えた。硬直したように動かないニオの手元を見ると、ぎゅっと手を握りしめられて少し痛そうにしているマウアがいた。
あれから10年の月日が経った。結局、あの女神像のことは、誰にも教えないことになった。タニアが強く望んでいたからだが、レンはニオの方がタニアよりも強くそう望んでいるように感じていた。10年の間に、色々なことがあった。マカブは依然として小さな集落であり、時折訪れる行商人を除いて外の世界とは相変わらずほとんど没交渉であった。だからと言って、来る者を拒むわけではない。慣れたマカブの人達には大したことのない砂漠でも旅人にとっては大変なものであるらしく、たまに行き倒れの人が出る。そんな人々の中には、まれにマカブに居着く者もいるのだ。10年の間に居着いた者が2人いた。1人は、人間の女性。年はレンの6つ上だ。名をスカーレットと言い、拳や強靭な脚力で荒くれ者とわたりあうカッコイイ人だ。命を救ってくれたマカブに大変な恩義を感じており、自ら用心棒を買って出ている。もう1人は、いや1人と言っていいのかどうかは不明だが、ホロウという女性だ。ホロウは、ルーンフォークという機械である。機械ではあるが、外見は見紛うことなき生命体であり、立派な心を持っていた。彼女が居着いた理由は、たった1つ。ニオであった。彼女は他の種族に勝るとも劣らない情熱を持っており、ニオに一目惚れしてしまったのだ。表向きには母を探すためマカブに残っていると主張しているが、ニオと一緒にいたいがためであることは誰の目にも疑いようがなかった。ニオはそんなホロウの気持ちを知ってか知らずか、まだ独り身でいる。レンについて言えば、修養が身を結び神官になることができた。誰かの役に立ちたいという気持ちが旺盛なレンにとって、神官は文字通り天職だった。そして、彼はローラと結婚した。そして、別れた。というよりも、ローラに見捨てられてしまったのだ。幼い頃から活発で、機会を積極的に捉えてはマカブの外に出ていたローラにとって、生まれてこのかたマカブを出たことのないレンは味気ない相手だったのかもしれない。本当の気持ちはわからないが、ローラはレンをマカブに置き去りして、マカブの外へ出て行ってしまったのである。彼女が最後にレンに言った言葉は、「あなたは優し過ぎる。」であった。
「ハァハァハァ!」うさぎが走っている。息せき切って懸命に走っているが、なかなか進まない。それもそのはず。ここは足がもつれる砂漠であった。うさぎを追う者があった。「ヒャーハッハッハー!待ちなよ、うさぎちゃん。大人しくお兄ちゃん達に、捕まりなよー。」追う者達は、3人。みんな、砂漠を走りやすいように、サンドブーツを履いている。はたから見ると、砂漠では滅多に見ないうさぎを狩ろうとしているようにも思えるが、追う者達の会話がそれを否定する。「ほらほらほらほら、追いついちゃうよー、タビットちゃん。」「よし!そのまま回り込め!タビットは、向こうの地域に行けば高く売れるからな。」「ああ、俺たちはついてるな!」追う者達は、身柄売買を行う輩ども。追われているうさぎ姿は、知恵と知識のある種族タビット族であった。タビット族は魔力には長けているが、身体的にはそれほど優れているとは言えない。その上、装備品に決定的な差があるとなれば、結果はご覧の通りである。哀れな1匹のタビットは、輩どもに軽々と捕獲されてしまった。手足とワンドを封じられてジタバタするタビットを持ち上げて笑い合う輩どもの背中に、大きな声がかけられた。「待つのじゃ!」輩どもの視線が集まった先には、赤いドラゴンが立っていた。「楽しそうじゃの。わしも混ぜてくれんか?」タビットがドラゴンに助けを求める。「あ、リベルさん!来てくれたんですね。ありがとうございます。」ドラゴンがフンと鼻息を荒くすると、怯えるかと思った輩どもは再び笑い合った。「なんだよ!驚かすじゃねーか。リルドラケンか。しかも、じじいの。」「ハッハーン。知ってるぜ。リルドラケンって、1日に1分しか飛べないんだろ?」「そうとわかってりゃーよ、さっさとずらかるだけだぜ。」輩どもはタビットを手早く布でくるんで抱え込み、さっきよりもさらに速いスピードで走り出した。リベルと呼ばれたリルドラケンは翼を大きく広げると、「むん!なんの!まだまだ若いんじゃ!」と息巻いて、ドタドタと駆け出した。輩どもとリベルの距離はどんどん離れていくものと思われたが、リベルの言葉はどうやらハッタリではなかったらしい。リベルはあっという間というほど鮮やかではなかったが、なんとか輩どもに追いつくと、尻尾の一振りで3人まとめて、のしてしまった。
「どんなもんじゃい!齢200を越えたとて、リベル様の実力を侮るでないぞ!」ひとしきりポーズを決めてから、リベルは思い出したかのように慌ててタビットが巻かれた布を拾いあげた。それから丁寧にその布を取りのけると、タビットに「シエルよ。大丈夫かの?」と呼びかけた。シエルは手で顔の砂を払い落とすと、ゆっくりと目を開けた。「リベルさん、ありがとう。すごいや。あの連中に負けないくらい速いなんて。ここまで飛んできたの?」「おお、そうじゃよ。」答えながら、輩どもを叩きのめすのに使われたリベルの尻尾は、今度はこっそりと自分の足跡を消すのに使われた。シエルは、リベルに優しく立たせてもらうと体の砂もぱんぱんと払い落とした。さらに、その特徴的な長い耳も震わせて、ワンドの曲がっていないことも確かめてから、「さて。」と、あたりを見渡した。あたりは見渡す限りの砂・砂・砂である。「ここは、どこだろう?キャラバン隊からは、だいぶ離れちゃったみたいだね。リベルさん、どうやって戻ったらいいかな?」「うーむ、そうじゃの。」とリベルは腕を組み、その続きはシエルに聞こえないように呟いた。「しまったぞ。足跡を消してしまったわい。足跡をたどれば、元の場所に戻れたかもしれんのに。」シエルが途方にくれたように、空を仰ぐ。リベルは、ぶつぶつと言っている。そんな2人の耳に、低い音が鳴り響いてきた。一瞬砂嵐かと警戒した2人は、さっと背丈を縮めたが、砂丘の上に現れた音の発生源はバイクであった。背丈は戻したものの、輩どもの仲間が登場したのかもしれないと警戒をとかない2人に向かって、バイクの主が声を張り上げた。「そこに誰かいますわねー。どうかしたのですかー?」バイクの主は、ルーンフォークのホロウだ。バイクは彼女の相棒とも言うべき存在らしく、すっかり手足に馴染んでいる様子だ。シエルも体に似合わぬ大きな声で返事をする。「賊に襲われて、ここに来てしまいましたー。現在地がわからずに困っていまーす。」「この砂漠は、迷うと大変ですわ。近くのオアシスまで、バイクに乗っていきませんかー?」スキップするような軽やかな足取りでバイクに近づこうとするシエルを、リベルが止めた。「待つのじゃ、シエル。あいつらも悪人かも知れぬぞ。」「うーん。でも、リベルさん。世の中の半分はいい人って、じーちゃん言ってたから。」「ふむ。なるほど。足元のこやつらが悪人だったから、あいつらはいい人って理屈じゃの。面白いの。そういうことなら、わしもお言葉に甘えるとしようぞ。」シエルとリベルがバイクに近づくと、バイクの主の後ろにもう1人女性が乗っていることに気づいた。女性は、「見回りに来て良かったな、ホロウ。また、私達みたいな人を救うことができた。私は歩いて帰ることにするよ。」とバイクの主に言うと、バイクを降りてさっさと歩き始めた。「わかりましたわ、スカーレット。大丈夫だと思うけど、気をつけて帰ってきてね。」ホロウの気遣いに、スカーレットは後ろ姿のまま手を挙げて応えた。
今日も、涼し気な目つきで遠くを見ているニオ。その横顔を見ているレン。そばには、タニアとマウアがいる。どちらも10年前のような少女の姿ではなく、一人前の女性として成長していた。例のねぐらとしている神殿にいることもあるが、最近はマカブで過ごすことも多くなっていた。「おや、マカブに新しい客人のようだ。」ニオの発言の意味は、すぐにわかった。砂漠の民ではないと判別できないかもしれないが、自然に立つものとは違う砂煙が遥か前方に見えていた。おそらく見回りに出たホロウのバイクによるものだろう。はたしてホロウは、タビット族とリルドラケンを連れていた。2人はあちこち傷ついていて、また疲れているように見えた。ニオは2人に近づくと、穏やかな笑顔とともに手を差し出した。「ようこそ、マカブへ。ここは砂漠の中の憩いのオアシス。私はエルフのニオ。我々は、あなた方を歓迎いたします。」シエルとリベルがそれぞれ名乗り、ニオと握手を交わし、続いてレン、タニア、マウアとも握手をした。「こんにちは。」「こんにちは。」タニアとマウアが笑顔を振りまく。「こんにちは。お姉さん。」シエルが挨拶を返すと、マウアが頬に両手を当てて戸惑い始めた。「えっ?えっ?お姉さん?私がお姉さん?」その反応を見て、ニオ、タニア、レンが笑う。「そっか。マウアはいつもみんなの妹扱いだもんね。良かったね。」そう言うタニアも、嬉しそうに見えた。レンはふとあることに気づいて、リベルに尋ねた。「もしかして、あなた方はキャラバン隊の方々ですか?」「おお、そうじゃ。わかるものかね?」「ええ、なんとなく雰囲気で。実は、私、依然からキャラバン隊に興味がありまして。詳しく教えてもらえませんか?」「おお、ええぞ。ええぞ。」そこに、シエルが割って入った。「あ、そうだ、皆さん。良かったら、最近手に入れた珍しい食べ物があるんです。ダイフクって言うらしいんですけど。」シエルがポーチに手を突っ込んだところで、ニオが「まあ立ち話もなんですから。」と言って、ニオの家に2人を招待することになった。ニオの家では、レンが2人に癒しの神聖魔法をかけたり、歓待の席が設けられたりした。リベルが気持ち良くなって、「おお、そなたのキュアは良く効くの。ところで、肩凝りに効く魔法はないかの?」と聞くので、レンは肩を揉んであげることにした。そのうち、砂漠から歩いて戻ってきたスカーレットが席に加わり、楽しい宴は夜まで続くこととなった。夜も更けてしまったので、レン、ホロウ、スカーレット、シエル、リベルは、ニオの家に泊まることになった。タニアとマウアは、棲家へと戻っていった。
深夜、奇妙な気配を感じて、レンは目覚めた。上半身を起こすと、薄暗い大部屋の中では、同時に目覚めた者がいるようだった。スカーレットは、レンと同じように周りを見渡している。ホロウが、何かに備えてか傍に置いていたと思われる手袋をはめているようだ。シエルはワンドで、むにゃむにゃ言っているリベルをつついていた。その時、窓の外でほのかに灯りが揺れた気がした。5人は顔を見合わせて、そーっと家の外に出た。外に出ると、ランタンのともしびを小刻みに右へ左へとさせながら、家から遠ざかっていく影が見えた。影はフードをかぶっており、背中しか見えなかったが、かなりの長身であり、またその歩き方からレンはそれがニオであることがわかった。ホロウ、スカーレットにもわかったはずだ。3人は不思議に思いながら、ニオの後をつけた。シエルとリベルは、不思議さは感じていないようだが、たぶん好奇心からなんとなくついてきた。ニオはマカブを離れ、迷いのない足取りで真っ直ぐとどこかを目指して進んでいく。レンには、どこかの見当はついていた。この方角は、タニアとマウアの棲家である例の神殿跡だ。けれども、なぜそこに向かうのかは、なぜひっそりと出ていくのかは、わからなかった。砂漠ほど、尾行に便利な地形はない。特に、深夜は尾けていく側には有利この上ない。まず砂が足音を消してくれるし、砂埃が視界を遮ってくれる。それでいて、曲がり角がないから見失う心配もなければ、今はランタンがいい目印になっている。ニオは気づいていないだろう。案の定、ニオは神殿跡の前で立ち止まった。尾行者達は、複雑なバランスで倒れかけて重なり合っている石柱群の裏に隠れた。なんと、そこには先客がいた。タニアだった。5人も驚いたが、タニアもかなりびっくりした顔をしていた。それでも、なんとか声を押し殺してささやいた。「ふと目が覚めたら、マウアがいなかったんだ。それでマウアって呼んだら、ガタガタって音がしたから、とりあえず外に出てみようと思ったんだ。そしたらニオを見つけて、私はここに、、、あ、ちょっと待って。あそこにマウアがいる。」タニアがちょいと指し示した方向に、レンは目をこらしてみた。しかし、ニオしか見つけられない。と思った次の瞬間、ニオの傍らにマウアが立っていた。ああ、あれが!とレンは思い出した。タニアからマウアは透明になれる種族の特性を持っていると聞いたことがあったが、レンも実際に見るのは初めてだった。ということは、ニオとマウアは、2人でこの神殿跡を目指していたことになる。ますます、その理由がわからなかった。
謎はすぐに解けた。ニオが、マウアにいきなり熱い口づけをしたからだ。マウアは、腕をニオの首に巻きつけた。レンは、5人の表情を窺った。柱の隙間から差し込む月明かりに照らされて、それぞれの顔が浮かび上がる。タニアは、手で口元を押さえている。ホロウは青白くなって、わなわなと震えている。スカーレットは、微笑ましく状況を見つめている。シエルとリベルは、レンと同じく他の人の顔を覗き見ていた。ニオとマウアはしばらくの間、口を離して見つめ合ったり、また口を重ねたりしていたが、やがて手を取り合いながら、神殿跡へと入っていった。6人はさっきまで2人が立っていた所にまで無言で移動すると、堰を切ったように話し始めた。「あの2人って、そういう関係だったんだね。全然気づかなかったよ。みんなは、知ってたの?」「いや、いつも近くにはいたけど、知らなかったな。まあ、いいんじゃないか。2人とも大人なんだし。」「いやあ、久しぶりに若い血が騒いだのぉ。いいもんじゃのぉ。恋というのは。」「ああ、ニオ様。私のニオ様。そ、そんな・・・。」「マウアがねー。いやぁ、一番近くにいても、わからないもんなんだね。」「ぼくとローラにも、あんな頃があったな。」おのおのが好き勝手に一斉にしゃべるものだから、誰が誰に何を話しているのかがよくわからない状態だった。わちゃわちゃは、次第に1つの内容に絞られていく。2人の後を追うか追わないかである。ここまでは訳がわからないまま尾けて来たが、こと人目を忍んでの密会となると話は変わってくる。仲間、友達、家族、出会ったばかりの立場で、気になるから後を追おうという派とプライバシーを尊重しようという派に分かれた。若干、後を追う派に勢いと分があったため、6人は神殿跡内部に足を踏み入れた。10年前に探索した時のまま手付かずで残っているので、内部では道が幾多にも分岐している。入ったはいいものの、さてどちらに行ったものかとみんなで逡巡していると、建物の奥深くから女性の金切り声が響いてきた。と同時に、レンは左胸に激痛を感じて、その場にうずくまった。他の5人も同様に胸を手で押さえて、膝をついたり、もう片方の手で柱につかまったりしている。だが、一息つくと、タニア、続けてレンは走り出していた。悲鳴は、間違いなくマウアのものだった。
タニアとレンの2人は、10年前の記憶と悲鳴の聞こえてきた方向を頼りに、迷わずに進んだ。進めば進むほど目的地が例の拝殿である確信は強まったが、裏腹に疑念も濃くなっていく。10年前の記憶が確かならば、あの場所へとたどり着くには、多くのギミックを苦心して解く必要があったはずだ。ニオとマウアは、一体どうやって、こんなに短時間でたどり着けたのだろうか。振り向くゆとりはないが、他の4人も遅れずについてきている気配を感じていた。バンッ!!勢いよく拝殿の扉を開けると、中は赤い光で満ちていた。光は蝋燭やランタンによるものではなく、地面から放たれていた。そこには、10年前にはなかった大きな魔法陣が描かれていた。神学史を一通り修めたレンでも、紋様の種類は判別がつかなかったが、かなり複雑でどこか禍々しさを含んでいる気がした。魔法陣があまりにも大きいので気をとられていたが、真に目を向けるべき対象はその中心にあった。ニオ、マウアが立っている。そして、地上で見た光景よりも、さらに衝撃的なものを見せつけられた。ニオが、マウアの首元に吸い付いているのだ。ただ吸い付いているのではないことは、そこから大量の血液が滴り落ちていることでわかる。血はマウアの服の背中をびっしりと染め、なおその先へと這っている。マウアは右手を高くあげ、顔は遥か上を仰ぎ見ているかのように持ち上がっていたが、膝はがくがくと震えていて、今にも崩れ落ちそうだった。追跡者の気配を察知するや、ニオはマウアの首からゆっくりと血だらけの口を離し、端をこれもゆっくりと歪めた。「なんだ、お前たち、つけてきたのか?くっくっ。」タニアもレンも、目の前のことを理解しようと精一杯で言葉が出てこない。やっとの思いで、タニアが叫んだ。「ニオ、何をしているんだ!マ、マウアを離せ!」ニオはそれには答えずに続ける。「はっはっはっは。お前たちは運がいいな。今頃、マリブの住人は私の呪いの中にいるだろう。お前たちは、奇跡的に助かったというわけだ。」レンも声を振り絞って出したが、震えているのが自分でもわかった。「ニ、ニオ、な、な、なんで、こ、こ、こんなことを。」「そんなこと決まってるさ。マカブへの復讐だよ。」「ふ、復讐?」
復讐と言ったときのニオの眼光の鋭さは、レンがこれまでに見たことのないほどに強いものだった。「ああ、レン。お前も知っているだろう。私の母が、マカブの連中に見殺しにされたことをな!」「なっ!あ、あの事件のことを言っているのか?でも、あれは、事故だったんじゃ。」「はっは。そんなことを言っているから、お前もマカブと同じ運命をたどらせてやろうと思ったのに。まさか、運良く逃れるとはな!」「・・・・・・・。」「まあ、いい。お前たちには、チャンスをやろう。」ニオは力なくぐったりとしているマウアを、床に寝かせた。そして、マウアを指差して、「この女は、もうじき死ぬ。しかし、その前にお前たちが私の呪いの中に戻れば、私の呪いが完成して、生き永らえることができる。私の眷属としてだが。」と淡々と話した。「それのどこが、チャンスなのかな。」タニアの口調は、早くもいつも通りに戻りつつあった。ニオが嘲るように答える。「わからないのか?お前たちは、この女を置き去りにして、自分たちが生きる道を選ぶこともできるというわけだ。ただ、タニア、レン、君たちにそんなことができるのかな?後ろの皆さんは、どうするかわからないが。」レンがニオに対して半身になって目だけを後ろにやると、少しだけ離れたところで4人が心配そうにタニアを見ていた。かと思うと、スカーレットがいきなり身構えた。「いいや、タニア!きっと、別の選択肢があるはずだ!」すると、呼応するかのように、リベル、シエルもそれぞれ身構える。「そうじゃぞ!」「そうさ!」この反応の速さは、冒険慣れしているからなのか、それともニオに特別な感情を持ち合わせていないからなのか。おそらく両方なのだろうと、レンはおよそこの場に似つかわしくない感想を抱いた。と同時に、スカーレットが前方に跳び、リベルが舞い上がり、シエルがワンドから火花を放ち、ニオが高笑いをしながら空高く飛び去った。ニオの羽はコウモリのそれとそっくりで、拝殿の天井にわずかにあいた穴から外へと飛び出していった。ハハハハハハ。フハハハハハ。
6人は、急いで地上まで戻ってきた。スカーレットが、応急処置を施したマウアを背負っている。東の空がうっすらと白み始めていて、あたり一面を広く視認することができたが、空も砂漠もニオらしき影は見当たらない。いや、マカブの方角から何かが近づいてくる。6人のうち何人かは警戒態勢をとったが、すぐに解いた。影ははっきりとはしなかったが、足を引きずっているかのような動きで、ニオもしくは蛮族とは到底思えなかったからである。やがて何者かがわかった。マカブの長にして、レンの師、ワリムであった。ワリムはかなり呼吸を荒くしていたが、休みもせずに言った。「みな、無事であったか。良かった。だが、マカブは、もうダメだ。呪いのこもった黒い霧に、完全に包まれてしまっている。わしは、ライフォス神の加護のおかげで、なんとかここまで辿り着けたのじゃ。む、そこに傷ついているのはマウアか。何があった?」ワリムがマウアを診ている間、6人は神殿跡で起こったことを説明した。ワリムは神聖魔法をかけながら、ため息を深くついた。「なるほどな。ニオの呪いであったか。ニオは、おそらくこの神殿跡の古き女神の力を借りて、その業を為したのだな。そして、自らは吸血鬼になろうとしておるのだ。これで、全て合点がいく。この左胸の痛みは、おそらく皆も感じておるだろうが、これは印だ。」「印?」「うむ、レン。わしらの使う聖なる印とはことなる呪いの印じゃろう。後で見てみればわかると思うが、たぶん黒い蓮の形をしているはずだ。わしも詳しくはないが、これは黒蓮の印だな。」ワリムが語るところによれば、黒蓮の印が刻まれている者が全員霧の中に入ってこそ儀式は完成するという。今、ワリムを含め7名が霧の外に出てしまっているので、ニオは完全な吸血鬼になれずに、だからこそ中途半端に噛まれたマウアは死んでしまうに違いないということだった。事情はわかったが、ワリムがニオの豹変に対してあまり驚いていないようだったので、レンは不審に思った。
その不審を尋ねた結果、ワリムの返事は意外なものだった。「レン。お前もあの事件が起きた時は、幼かった。ニオも幼かった。だから、事の全てを理解するのは難しかっただろう。あの結果は仕方ないことであったとは言え、幼いニオが母親を失った悲しみは計り知れん。マカブに見殺しにされたと思い込んで、恨みを抱いていたと聞いて、わしはさもありなんと思うたよ。さて、マウアの傷が半妖の吸血鬼によるものとなると、生半可な治癒ではダメだな。皆の者、わしはこれより全力でマウアを氷の棺に閉じ込める呪文をかける。全身全霊をかけて行うため、皆の問い掛けには一切答えられぬ。マウアを元に戻したくば、マイドゥルスの時の卵を探すのだ。ゼルガフォードの町にいる行商人、アシムマハードを訪ねよ!それでは!」ワリムが気合いを入れると、タニアがまだ何かを聞きたそうに手をあげかけたが、引っ込めた。マウアの容態が、一刻を争うものだと感じたようだ。パキッ!パキパキッ!ワリムとその前に横たわるマウア。そこを囲むようにして、氷ついていく。一瞬にして、氷の小山が築かれた。かろうじて中に、ワリムとマウアがいるのが確認できる。氷の小山に、いつの間にか昇り切っていた朝日が反射した。レンは、まだ事象も気持ちも整理できないままでいた。タニアは膝立ちになり、氷の中を覗き込んだまま動かない。ホロウは、下を向いて腕をいじっている。リベルとシエルは無言のまま、立ち尽くしている。スカーレットが朝日を指差して、声を張り上げた。「絶対に救ってみせる!マウアも!己自身も!みんなも!」それが合図となる格好で、みんなが顔を見合わせた。誰しもが無言のままだったが、その想いは表情から伝わってきた。みんながこくりと首を縦に振ると、爆音を上げてホロウのバイクが突っ込んできた。ホロウはとっくに気持ちを切り替えて、バイクが呼べるか試していたらしい。颯爽とバイクにまたがると、ホロウはブレーキをかけながらスロットルをフルに回した。
過酷な2日間だった。砂漠に生まれ育ったタニアとレン、砂漠で長く暮らしているスカーレットとホロウですらそう感じたのだから、リベルとシエルはさらにきつかっただろう。なぜこうなったのかというと、みんな着の身着のままマカブから出てきたからだ。持ち物は、すべてマカブの中に置いてきてしまっていた。試しにマカブに入ろうとこころみたが、遠目にもドス黒い霧が渦巻いていて、近づくのさえ憚られた。バイクがホロウの手元にやって来られたのが、奇跡のように感じられた。また、タニアだけは神殿跡に入れたので、荷物を持ち出すことができた。ホロウのバイクとタニアの荷物でなんとか繋いできたが、それももう限界だった。今日は、砂嵐がことさら酷い。丘とくぼみを見つけて、かろうじて逃げ込み、希望のない休憩を取った。「いやぁ、えらいことだ、こいつは!おっと、先客かい?すまないが、邪魔するよ。」6人が休んでいるくぼみに、転がりこんできた者がいた。口調から悪意は感じられなかったが、各々はへばりながらも、その手に武器を握った。「こんな嵐は、何年振りかね。おや?皆さん、よく見れば一団で。どちらまで?私は、この先のオアシス、マカブまで行く所なんだよ。」「あれ?その声は、もしかしてバゼルさんじゃないかしら?」ホロウがおそるおそる言うと、スカーレットが「おお!バゼルじゃん!」と喜んだ。転がりこんできた者は、砂が目に入らないように手をよく払ってから、目をこすった。「ああ、これはホロウさん、スカーレットさん。よく見れば、タニアさんにレンさんも。えーと、こちらのドラゴンさんとタビットさんは初めましてですかな?皆さん、どうしたんですか、そんな軽装で。さすがに砂漠の民と言っても、それじゃあ、いくらなんでも、ね〜。」と仰天しているのは、バゼルドゥルス。マカブに定期的にやってくる旅の商人だ。6人は、ほっとした思いで、いきさつを話した。すると、バゼルはいたく同情し、手助けを買って出てくれた。「私はね、マカブに恩があるんですよ。こんなことじゃ、返せないぐらいにね。」涙ぐみながらそう言うバゼルに、6人も貰い泣きをしそうになった。
バゼルの案内で、一行はゼルガフォートの大きな門をくぐることができた。なんと、一行がバゼルと偶然にも出会えてから、七日が経過していた。あの時、バゼルと出会わなければ、間違いなくみんな、のたれ死んでいたことだろう。マカブを出たことがないタニアとレンは、その巨大な門と街全体を取り囲むようにそそり立つ壁に、圧倒されていた。バゼルは、街で一行の身支度を無償で整えてくれた。総額1万ガメル以上かかったに違いないが、バゼルはてきぱきと世話を焼いてくれた。そして、一段落つくと、「じゃあ、アシムマハードの店は、さっき言ったところにあるから。どうせなら、そこまで案内したいところだけど、ちょっと用があるから離れるよ。まあ、何かあったら、赤龍のねぐら亭を訪ねてくれ。だいたいは、そこにいるからな。」と言い残して去っていった。6人は礼を述べるのもそこそこに、アシムマハードの店へと急いだ。教えられた店は構えがしっかりとしていて、アシムマハードが立派な商人であることが窺えた。扉が開いていたため6人は中に入ったが、店の中は思いの外、薄暗かった。窓が開けられておらず、まだ開店前なのかと思われた。「ごめんくださーい。」「誰かいませんか?」一行はダメもとで声を出しながら、店の奥へと進んだ。すると、商品が陳列された棚の裏に、人影が見えた。人影は、床に倒れていた。みんなが慌てて近寄ると、男であった。上等な商人風の身なりをしているところから、男がアシムマハードかと想像できた。男の心臓は動いていた。ホロウが慣れた手つきで応急手当を施すと、ゴフッという咳とともに息を吹き返した。リベルが、「大丈夫かの?一体、どうしたのじゃ?」と問い掛ける。アシムマハードらしき男は、震える手で近くに落ちている物を指差した。皆、一斉にそれに視線を向ける。それは、手鎚のようであった。一連の力ない動きから、アシムに残された時間が少ないことを悟ったのか、スカーレットが口早に聞いた。「おい!あんた!マイドゥルスの時の卵というのを知らないか?」アシムの口が、ゆっくりと歪む。「お、黄金のキャ、キャラバン。」そこでアシムの手も、少しだけ浮いていた顔も、床にくっついた。力尽きて、こと切れたのだということは、誰の目にも明らかだった。
ホロウはアシムの目を優しく閉じると、手鎚を拾いあげた。でっかいサソリのマークが彫金されており、嫌でもそこに目がいく。ガタガタン!6人の後方で、大きな物音がした。みんな、反射的に振り向く。そこには若い女性が引き攣った表情で、壁を後ろ手でつかむようにして立っていた。商品棚が、一つ倒れている。「ひ、ひ、ひ、人殺しー!!」女性はそう叫ぶやいなや、6人が口を挟む間もなく、外に飛び出していった。みんなで、顔を見合わせる。一様に、緊張した面持ちだ。相談という相談もしないまま、みんなで身を隠すことにした。タニアとレン、リベルが人気の少ない裏路地を見つけ出し、街の衛士隊が到着する前に、全員で隠れることができた。ただ、いつまでもこうしていても埒があかない。満場一致で、赤龍のねぐら亭を訪れることが決まった。赤龍のねぐら亭は、酒場だった。バゼルの名を出すが、今、彼はいないという。それでは待とうということになったが、どうにも痛い視線を感じる。視線の主は、酒場のマスターである大男のものだった。マスターは腕組みをしながら、顎髭を撫でつけている。どうやら先程の事件との関連を疑っているわけではなく、お前らまさかただでこの場にいるんじゃなかろうなという雰囲気を醸し出している。察したリベルが、「わしが奢ってやろうぞ。」と、仲間に一杯ずつ振る舞ってくれた。バン!赤龍のねぐら亭の扉が荒々しく開けられ、数人の衛士たちがズカズカと入ってきた。6人はというと、いち早く気配を感じて、店の中の物陰に速やかに身を潜めていた。「さきほど、この街の商人が殺されるという事件が起きた。目撃情報によると、容疑者は怪しい6人組だそうだ。店の中を改めさせてもらうぞ。」一番偉そうな衛士が宣言すると、他の衛士が一気に捜索を始めた。カウンター脇の木箱の裏から覗いたレンは、ドキリとした。2つ並んだ酒樽の蓋の部分から、飛び出しているものがある。あれは、シエルの耳とホロウの腕だ!
案の定、2人は見つかってしまい、色めき立つ衛士らの腕の下を掻い潜って、赤龍のねぐら亭から勢いよく出ていった。他の4人もどさくさに紛れて逃げ出して、6人はどうにかこうにか衛士らを撒き、街角で落ち合うことができた。6人は改めて話し合い、一度ゼルガフオートの街から出ようという結論に達した。6人はゼルガフオートの大門の近くまで移動し、そこで絶望を味わった。大門はすでに大勢の衛士たちで固められており、とてもじゃないがこっそりと通り抜けられそうにもない。「こうなりゃ、正面突破じゃ!」年甲斐もなく息巻くリベルを宥めつつ、一縷の望みに賭けて、一同はもう一度赤龍のねぐら亭に戻った。この店では、さっきのような騒ぎは日常茶飯事なのだろうか。客たちは何事もなかったかのように飲んだくれている。またバゼルはいない。またマスターの圧に耐えかねて、一杯ずつ注文すると、ようやくそこへバゼルが店に入ってきた。バゼルは街中で噂を耳にしていたらしく、それと6人の話を素早く付合させると、「うーん。そいつはもう、嫌疑を晴らすのは難しそうだな。かと言って、簡単には逃げられそうにもないな。ちっと高いが、逃がし屋に依頼するっていう手もあるぜ。」と言った。バゼル曰く、逃がし屋というのは裏社会の稼業で、追われている者をゼルガフォートの外に出してくれるらしい。濡れ衣を着たままなのは癪に触るが、背に腹はかえられない。逃がし屋に頼むことにした。当然のことながら、タニアを除いてほとんどお金を持っていない。申し訳ないが、バゼルに立て替えてもらうことになった。お代は、1人あたり500ガメルもした。バゼルさん、本当にありがとう。逃がし屋のいる遺跡ギルドに向かう途中、ホロウが例の手鎚をバゼルに見せた。手鎚は木製で、裏面に長老という意味のメゼという言葉が彫り込まれている。よくよく見るとサソリのレリーフは、虹色の光沢を放っていて、とても綺麗だった。ホロウが「何の意味があるのかしら?」と聞くと、バゼルは首を傾げた。
ギルドでバゼルが金を積むと、逃がし屋は快諾した。「この街には、地下水路がある。そこから逃がしてやろう。」と、にんまりして言った。バゼルに何度も頭を下げて、逃がし屋の後に従った。地下水路は、真っ暗だった。それぞれ、冒険者セットの松明を灯すなどして明かりを確保した。細かい分岐をすいすいと進む逃がし屋。さすがプロと言うべきだろうか。だが、そんな彼も、一度立ち止まった。一同が固唾を飲んで見守っていると、彼はこんな提案をした。「ここはな、右に行った方が断然早いんだが、近頃怪物が棲みついちまってな。旦那方、どうする?」ほとんどの者が、即座に右と回答した。およそ戦闘向きでないレンは、心強さを覚えた。右にしばらく行くと、逃がし屋が「旦那たち、出たぜ!あいつらだ!」と暗がりに蠢くものを指差した。相手は、数体のアンデッドだった。腐臭を強く撒き散らしている。それにはお構いなしに、タニアが突っ込んでいく。その機敏な動きのおかげで、こちら側が先手を取ることに成功した。レンも急いで、プロテクションを張る。スカーレットが一撃を命中させると、シエルもスパークを決める。後は、リベルとホロウがふらふらの相手をちょいと倒して、戦闘は呆気なく終わった。逃がし屋が、「お、お前ら、すげぇな。」と驚嘆している。そこから出口までは、本当にすぐだった。外に出ても暗かった。いつの間にか、夜になっていた。タニアが「ここは、どこなの?」と尋ねると、逃がし屋は「あの丘をのぼれば、わかるぜ。じゃあ、おれはここまでだ。また逃げたくなったら、いつでも呼んでくれよ。」と答えて、地下水路へと引き返していった。丘の上から、ゼルガフオートの街が一望できた。月夜に照らされる巨大な都市を見下ろしながら、みんなを安堵が襲ったらしい。誰かれとなく、「休みたいね。」と言い出した。確かに色々なことが続いたため、精神的にはくたくただった。幸いなことに、このあたりは草が生えており、崖もあるため風も凌げる。砂漠よりもビバークしやすそうだ。
みんなが一旦腰を下ろそうとしたその時、低い声が聞こえてきた。「その手鎚、置いていってもらおうか。」声のした方に目をやると、月を背にしてフードを被ったローブ姿の者が立っていた。ザザザッ!その後ろから、あからさまに敵意を剥き出しにした人影が現れる。ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ。影は、五体。一人だけ、やけに身軽そうなのがいる。ローブ姿の魔道士崩れを合わせると、敵は6人。こちらと同数だ。タニアとスカーレットが、素早く動いて態勢を整えた。「みんな、下がってて。」シエルがワンドをかざして、スパークの魔法を放った。味方が前に出て混戦になる前に、敵にダメージを与えるつもりだ。空気中にパチパチと稲妻が弾けて、敵4体が大きくのけぞる。黒装束の身軽そうな奴だけ、ひらりとかわした。魔道士崩れは、まともに食らったが、耐えたようだ。レンも慌てて、フィールド・プロテクションをかける。これも味方だけが一塊りになっている今が、絶好のチャンスだ。一度にかけられる数に限りがあるため、シエルだけにはかけられなかった。「よし!わしが行くぞい!」血気盛んなリベルが、勢いよく飛ぼうとした。が、大きな岩につまづいて、ドスンと転げ落ちてしまった。タニアの目が、キラリと光る。レンは知っている。あれはタニアが本気になった時に見せる、キャッツアイという特技だ。素早い黒装束の動きを見定めて、得意の両手サーベルで鮮やかに切り裂いた。そこへ、スカーレットが一撃を加えて、黒装束にトドメを刺す。「私も行きますわ。」ホロウがバイクで突進し、敵の一体を轢いた。「むぅっ!」魔道士崩れが、魔法を使った。あれは、ファナティシズム。攻撃衝動を高め、命中力を向上させる魔法だ。反対に、回避する力が弱まってしまう弱点もある。魔法は敵4体だけでなく、タニアとスカーレットにも降り注いだ。魔道士崩れは味方の命中力を高めつつ、魔法のデメリットをいかして、こちらの回避力を下げにきたのかもしれない。敵が雄叫びをあげて、タニアとスカーレットに襲いかかった。
2体の攻撃を、タニアが食らう。もう2体の攻撃を、スカーレットが食らった。特にスカーレットは回避時につまづいたので、まともに食らってしまい、瀕死の状態だ。レンは、キュアを2人にかけた。こんな時、拡大魔法のやり方を習得しておいて良かったと思う。シエルがワンドをかざして、今度はエンチャント・ウェポンの魔法を唱えた。リベル、タニア、スカーレット、ホロウの武器の周りに、うっすらと輝く膜が張られた。これも拡大魔法だ。リベルがその膜が張られたばかりの自分の尻尾を大きく振り回し、敵の1体を吹き飛ばす。スカーレットが、目にも止まらぬ動きで、別の1体に拳を重ねて叩き込むと、そいつは倒れて動かなくなった。次のホロウは、凄かった。バイクで1体を轢き倒し、バイクから跳び上がってもう1体をアックスで叩き落とした。タニアは、またもや両手サーベルだ。最後に残った1体に、サーベルががっつりと決まった。さあ、これで相手は魔道士崩れだけだ。「おのれっ!」怒り狂った魔道士崩れは、何を思ったか魔法ではなく、手持ちのスタッフでタニアに殴りかかった。存外効いたみたいで、タニアがうずくまった。そこからはある種、一方的な展開となった。魔道士崩れに対して、こちら側が攻め続けることになる。しかし、魔道士崩れは、意外としぶとかった。スカーレットの拳の連打の半分をかわしたり、ホロウのバイクを避けたり、ぼろぼろになりながらも、なかなか倒れない。焦れたレンが前に飛び出して自分も参戦しようとしたが、「あなたは後方で。」と周りに止められたので、大人しくタニアとスカーレットに再度キュアをかけた。魔道士崩れは、魔法で黒い霧を出してきた。もしかしたら、逃げる気かもしれない。けれども、タニアのキャッツアイと両手サーベルがそれを許さなかった。くるくると鮮やかに回転して、魔道士崩れをローブごと見事に切り裂いたのだった。(第2話に続く)