意欲を削がれる家...で育った結果

我が家は子供の興味!好奇心!アレしたい!これしたい!が通る家ではない

子供はいろんなことに興味をもち、チャレンジというものをしてみたくなる
チャレンジということは成長過程でとても大切なもの
未知の可能性をもっている子供は何の芽が出るのかわからないから、あれこれ体験させてみて何がその子に合うのか探るのも大切なことだと思う 

「わたし」も「こんなことしてみたいな」って言ってみたことがある
父親は「そんなんせんでええ!」「やっても無駄や!」と言う

簡単にチャレンジというものをさせてもらえる家ではない

そこでくらいつけばさせてもらえたのかな...

だけど...その父親の「せんでいい!」にくらいつけば刃向かったとみなされ=雷が落ちる⚡️と既にインプットされてる「ワタシ」は必要以上に食らいつくことをそこで辞めてしまうあっさりした子供になっていた

以後、成長と共に何度か新しいことにチャレンジする機会がふえてくることになるんだけど、その度にせんでいい!無駄や!の繰り返し

ある時...やってみたいなぁ〜でも無駄か...

と自分から結びつけるような考え方をするようになった

そうやって何年も過ごして来た結果..未だにチャレンジする機会が訪れる度に呪縛のような言葉に縛られて抜けられない「わたし」

意欲は削がれるもの...