太陽が完全に沈んだ。


「暗くなってきたね…」


辺りを夕闇が支配していく。


「そろそろ戻りますか」


「うん」


あたしが下降の体勢を取り始めた、そのとき。


ぎゃぁぁっ!


耳をつんざくような鳴き声と共に、鳥の大群が背後に迫ってきた。


っっ!避けられない!


ホウキもろとも大群の中に呑み込まれ、あたしはパニックに陥った。


鳥が体に当たり、衝撃が来る。


片手で顔をかばうだけで精一杯。
声も出ないまま心で「助けて!」と念じる。


制御がままならず、ホウキがグラグラと激しく揺れた。


このままじゃ…二人とも落ちちゃう!


もうダメか、と思ったその瞬間。


突然目の前が晴れた。


え……?


鳥の大群は離れ、ホウキはまっすぐ飛ぶようになった。


「真嶋先輩、大丈夫ですか!?」


後ろに乗っていた歩くんが叫ぶ。


「……うん、あたしは平気。歩くんは?」


「僕も無事です。それにしても、危なかったですねー。ああ、怖かった」


本当に危なかった。


このまま落ちていたら、間違いなく地面に叩きつけられて二人とも即死だ。


だけど。。。


「ねえ、歩くん…?」


「何ですか?」


自分が感じた違和感を話したかったが、どう言葉にして良いか分からず黙り込む。


「ううん、やっぱいいや」


「そうですか。夕方は鳥の集団をよく見掛けますが、まさか襲われるとは思わなかったですね。
また出くわすと危険なので、早く降りましょう」


「ん、わかった」


周囲を警戒しながら下降し、今度こそ無事に着地する。


挨拶をして彼を見送り、あたしは家の門を開ける。


既にママの姿はなく、庭は玄関のわずかな明かりに浮かび上がるだけだった。


さっきの…


さっきのあれは、何だったんだ??
「菜乃子、おかえりー」


家の前に着いてぎょっとした。


ママが庭の手入れをしていたのだ。
花から顔を上げ、手を振っている。


「僕、見られちゃマズイですかね」


あたしの耳元に口を寄せ、小声で囁く歩くん。
しかしそれに答える前に、ママが彼の存在に気付いた。


「あら!ちょっとあなた、隣の子はどちら様?」


う。なんてこった。


「魔女ってバレちゃった☆」などと言おうものなら後が怖い。


どうしよう。
どう誤魔化せばいいのやら。


無言で固まっていると、歩くんがハキハキした感じで話し出した。


「こんにちは。僕、庭園研究会の会員の西大路歩と申します。急にお訪ねしてすいません」


あたしが「は?」と言おうとするのをさりげなく止めて、喋り続ける。


「以前からこちらのお宅の庭に注目していました。あまりに美しいので…。
同じ高校の方が住んでいると知って、無理を承知で見学をお願いしたんです」


呆気に取られるとはこのことだ。


あたしは口を開けたまま彼の顔を見上げた。


よくも瞬時にこんなデタラメが思いつくな、、、


「まぁ。私の庭をそこまで見たいなんて。若いのに素敵な趣味ね。
どうぞ、隅々までゆっくり見てって」


ママは明らかに上機嫌になり、快く彼を招き入れた。


「実は最近手を加えたばかりなの。この辺りを特に…」


頼んでもいないのに解説を始めるママ。


しめた!とばかりにあたしはホウキを取りに向かう。


実はママに取り上げられたままなのだが、「ホウキどこ?」と耳打ちしたらあっさり「納戸よ」と教えてくれた。


納戸を開けると、コルクが他のガラクタと一緒にしまわれていた。


「相棒~!久しぶり♪」


感極まわってコルクを抱き締める。


それにしても、ああ!こんな、ホウキと同じような扱いをされるなんて!


母、許し難し。


再び庭に出て、延々と話を聞いている歩くんに目で合図を送る。


「ごめんなさい、もっと見たいのですが、この後用事があって…そろそろ行かなくては」


本当に申し訳なさそうに謝る彼。役者向きだなぁ、と思う。


「そうなの、、、残念だわ。また、必ず遊びに来てね」


門を出る彼を送り出すフリをして、後を追う。


「さっすが歩くん。ナイス演技!」


肩を叩くと照れくさそうな顔をした。


「いえ。実際、素晴らしい英国式庭園だったので興味あったんです」


「そか。とにかく、人が来ないうちに後ろ乗って」


「はい」


人気がないことを確かめてから二人でホウキにまたがる。


初心者の歩くんに考慮しながら上昇すると、すぐに気持ちの良い風が体を包んだ。


夕暮れの上空は格別だ。


夕日の紅色と、秋空の薄い水色。
二つが混ざりあって、感動的なハーモニーを生み出している。


「すごいな…」


感嘆の声を上げる。


そういえば、家族と幸盛以外で後ろに乗せたの初めてだ。


「気分いーでしょ」


「はい、すごく。空から見ると、街があんなに小さく見えるんですね」


そう。どんな高いビルも高い山もちっぽけに感じるくらい、空の世界は広大だ。


この感覚は、一度覚えてしまうとやめられない。
そのまま校門まで走って、一度立ち止まった。


大きく息をすると、まだ喉が痛いのがわかる。


嫉妬。


すごく親しく見えた。


幸盛にとっては…幼なじみのあたしより、部活をサポートしてくれるマネージャーのほうが大事な存在なのだろう。


サッカーのことも詳しくわからない。


そんなあたしなんて必要ないんだ。


「真嶋先輩?」


突然、懐かしい声がした。


そんなに久しぶりじゃないのに、聞いたのは遠い昔のように感じる。


「歩くん…どうして」


校門の外側に歩くんが立っていた。
紙パックのココアを持っている。


「メールしても返ってこないから心配になって。思いきって待ち伏せしようかと」


困ったともおどけたとも言える表情をする彼。


「そっか、そうだった。ゴメン」


会うのは「好きです」と言われて以来だ。


「こないだは一方的なこと言って帰っちゃったんで、先輩を困らせたかなぁと。僕って問題児ですかね」


「うん」


「ひどい。そんなきっぱり」


はにかむような微笑みは健在で、何だかこっちまで笑えてくる。


「うそうそ。別に大丈夫だよ」


「それより先輩、どうして走ってきたんです?」


「ああ…何でもないよ」


今見てきたことを説明する気は起きなかった。


「苦しそうな顔だったんで、何事かと思ったんです。何でもないなら良いんですが。
良かったら少し歩きましょう」


歩くんはそれ以上何も聞かず、ゆっくり歩き出した。


こういう、さりげない優しさを持ってる人って良いよね。


あたしの心はいつの間にか落ち着いていた。


彼の後ろを、数歩遅れて歩く。


「ねぇ、先輩」


「何?」


「一緒に、空を散歩しませんか」


「え。もしかして、あたしのホウキで?」


突拍子もない思いつきに驚く。


「もちろん!僕を後ろに乗せて下さいよ。
これから夕暮れの時間ですから、きっと綺麗な景色が見られると思うんです」


空を見ると、西のほうが茜色に染まりつつあった。
確かに、空から見る夕方の街並みは幻想的だろう。


「そうだね。うん、いいよ」


「やった。じゃあ先輩の家にホウキ取りに行きましょう」


「おっけー!」


気晴らしになるかもしれない。
さっきの嫌な気持ちを全部、吹き飛ばせるかも。


あたしたちはコルクを取りに行くために家へと急いだ。