今までの分も受験シーズンの終わりと併せてほとんどを未公開にしました。





もう自分の中ではお役御免かな思ってすっきりさせました。





自分自身受験終わり最後に後輩残せるアドバイスあるとするならば,





継続力なり





有り体言葉ですが,勉強関して言うならばこれに勝るものはないと思いますね。











数学つっこみすぎるな








自分への戒めです。





100点取りに行くな





ちょっと逆説的で皮肉でしょうか。








自分のやりたいしなさい





しなければいけない揉まれているよりは妥協できるトコ妥協しメリハリつけてやりたいことやりましょうよ。それが将来なたの支えとなりあなたの切り拓くのですから。





中途半端ダメ絶対








これ一番厳しいでもこれって何かやりとげなさいって意味じゃなくて途中投げ出すくらいなら初めからつっこむなってことなんですよ。あなたに合ったことをしてください。自分は嫌な事から逃げてる弱い人間だと悲観するまえにこの苦いフレーズ思い出してください








以上です


頼めしを なほや待つべき 霜枯れし

   梅をも春は わすれざりけり

更級日記よりです。

仮に「頼む」をマ行四段動詞と考えると「し」が過去なら:頼みし,

今回の「頼め」は動詞「頼む」の連用形の名詞化である。よって体言+強意「し」+格助詞「を」だろう。

動詞「頼む」の已然形「頼め」では格助詞に繋がらない。

なほや待つべき:「なほ」は依然として。「や」は疑問の係助詞,よって結びは連体形なので「べし」は連体形「べき」になる。

ちなみに助動詞「べし」には推量,意思,可能,当然,命令,適当などの意味がある。

「霜枯れ」は動詞「霜枯る」の連用形,「し」は過去の助動詞連体形でつながりとしては

霜枯れし梅をとなり意味は,霜にあたって枯れてしまった梅を。

次の「も」は強意。

わすれざりけり:動詞「忘する」の未然形+打ち消しの助動詞「ず」の連用形+過去の助動詞「けり」の終止形。

全部合わせて訳:あなたの言葉を頼みにしていましたが,私はまだ待つべきなのでしょうか。春は霜枯れした梅を忘れませんでしたが,あなたは私との約束を忘れてしまったのでしょうか。

明らかに逐語訳ではないですすいません。

この歌の背景は菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)が田舎から上京したての頃,孝標と継母との仲が悪くなって離別。その時に継母が「これが花(梅)の咲かむをりは来むよ」と言った事に対して詠んだ歌。なのでその翌年だろう。

子供の頃の素直な感情とそのひたむきさ,さらに和歌の程よい難しさも相まって記事しました。


「更級日記」とは菅原孝標女による回想の手記。「あづま路の道のはてよりも,なほ奥つ方に…」の始まりは有名。

ものくさ太郎という物語を知っていますか。

たいそう面倒くさがりやだけど,実はすごく才能豊かな人物のお話なのですが,

その中で個人的にこれはいい和歌だと思ったものが1つありまして,


鶯(うぐいす)の 濡れたる声の 聞こゆるは

      梅の花笠(はながさ) 洩(も)るや春雨。


情景をそのまま表現したものですが,自然と浮かんでくるその雰囲気が非常にいい歌だと思いました。

古典を読むときは割と和歌に感銘を受けることが多く,また何か見つけたら記事にしたいと思います。
関数fのグラフでxとyの位置を入れ替えることによって得られる。

これは,これらのグラフが直線y=xに対して線対称であるといっても同じことである。

指数関数をy=a^xをすると,対数関数はこの累乗指数xに関して底をaとする真数yの対数をあらわすので

対数関数は指数関数の逆関数である。