Rangge Poppel.

Rangge Poppel.

この胸に空いた穴が今 あなたを確かめるただひとつの証明

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■記事を少し整理しました。

■憧れるというと少し語弊があるかもしれないけれどそのように思う人たちが居る。素敵だなと純粋に心からそう思う人たちが居る。わたしにたくさんの影響を与えてくれた人たち。わたしを作った人たち。そんな人たちの言葉を、ひとつひとつ思い返していた。わたしを苦しめる言葉たちは総て脳味噌から消してしまおう。そうしなければいつかこのわたしを奮い立たせる数少ない言葉たちが消えてしまう。わたしを死に追いやるものは総て排除しよう。

■わたしは今まで不幸ばかりを選び取ってきた。たくさんの不幸が積もり積もったら、いつかそれは大きな幸せに成ると思い込んでいた。その雑で稚拙で滑稽な思考がもう5年近くわたしの脳に肺に胃に膣にこびり付いてわたしの喉を詰まらせていた。そして息の出来ない儘に生きようとしていた。馬鹿馬鹿しい。これ程までに簡単で阿呆らしいことにわたしはずっと思い悩んで居たのか。この両手にはほんの少しのものしか持てないらしい。何かを棄てなければ拾うことが出来ないらしい。わたしはいつも何かを棄てたつもりで、だけどそれを確実にポケットや服の中に忍ばせ、腕や肩なんかに引っ掛けては総てを引き摺りながら歩くことに満足していた。総て終わりにしよう。もう不幸を拾って掲げて見せびらかしては涙することにも疲れた。次に見せびらかすのは幸せが好い。優しいあの人に喜んでもらえるようなそんな幸せが好い。気付くのに本当に長い時間がかかった。たくさんのものを取りこぼした。この身体は朽ち始め軋み音をたてる。それでもまだ。まだ走れる。直ぐに息は切れてしまうけれど。傷も簡単に治ることはなくなってしまったけれど。それでもまだ。

■ここから始める。わたしはもう、恥ずかしい自分で居ることをやめる。




■先日京都まで行ってきた。世界遺産の寺の境内で小一時間ぼんやりとしていた。日々の中で人と会話をすることに酷く疲れた。あんなゆったりとした誰にも関わらない時間をもっともっと作りたい。京都は日本で一番すきな街だ。

■左脚の親指が痛い。わたしの足は右と左と違う動きをする。階段を上ることが苦手だ。小さな頃、可笑しな座り方ばかりしていたのかもしれない。憶えていないけれど。

■8月がやっと終わる。あと5ヶ月。