自死遺族・腎臓病になって思うこと -4ページ目

自死遺族・腎臓病になって思うこと

2014.3.4母が亡くなりました。

と思ってたら

3月3日が命日だったことを半年以上経ってから知りましたΣ (´Д`ノ)ノ

記憶が混乱していたみたいですヽ(;ω;)ノ

※宣伝目的のコメントは承認せずに削除します。


ふと

思い出しました




 母が自殺して


 苦しくて仕方なかった時





 目の前の黒い霧が晴れなくて


 もがいて苦しかった時





 どうして死んでしまったの?


 どうして遺書もないの?


 私の事嫌いだったの?


 と八方塞がりになっていた時







comicoという漫画アプリで読んだ


胡蝶の夢路


というマンガの



第125話に



救われる言葉がありました。




「どうせもう一生わからないんですよ

それなら

自分の信じたいことを

信じてしまえば良いじゃないですか?」





どんなに苦しんでも

どんなに問い掛けても

もう亡くなってしまった母から

答えを聞く事は

一生できない。




それなら、




真実はどうかわからないけど


 お母さんも苦しくて終わりにしたかった

 遺書を書く気力もなかった

 私の事を大切にしてくれた時もあったから

 大好きだったはず


と、自分の好きなように信じる事にしたら

楽になりました。





こんな考え方は許されないかもしれない

と考えたりもしたけれど




誰が許さないの?


母が許してくれないの?


許してくれるかどうかも

もう一生わからない。



こんな考え方をする自分が許せないの?

もっと苦しまないといけないの?

いつまで苦しまないといけないの?

私は死ぬまで苦しまないといけないの?



もう一生苦しみを背負う覚悟はできてる。



何か辛い事があれば

あぁこれは母を死なせた贖罪なのだ

と受け入れる覚悟はできてる。


覚悟はできてるから

せめて

自分の好きなように捉える事くらい


良いよね。