それは幸せな時でした。

生まれた時から二人は一緒でした。お座りもできない時から海にいました。空からつずいた蒼い蒼い海、透明の海の中で遊びました。歩けるようになった時、二人は海に潜っていました。魚の群れの中に入り、追いかけ、追いかけられ、先になり、後になり、魚と人が違うなんて、二人は思いもしませんでした。

 魚と人が違うと気づき始めた時、二人は砂丘で遊ぶことを知りました。海に潜り、海からあがり、砂浜にあがりました。砂で魚を作り、砂でお互いを作りました。魚と人が違うことをはっきり知った頃、二人は花をつみ、実をひろい、砂浜に並べました。花の道をつくり、ヤシやマンゴーで林を作りました。

 ある日、二人は、海に背を向けて立ち、初めて山を見ました。赤茶けた何もない小さな山を見つけました。その山にクヒオは『クヒナの丘』と名づけました。次の日、二人はその丘にのぼりました。丘の上から海をみ、その遠さに二人はびっくりし、大急ぎで丘をおり、海に飛び込みました。でも次の日、二人はまた丘にのぼりました。その日、クヒナは髪につけていた花を記念において、丘を折りました。その次の日、クヒオはココナツを持ってのぼり、二人は丘でココナツを飲みました。すこしずつ、二人の丘にいる時間が長くなり、海にいる時間が少なくなっていきました。

 やがて、二人が、こどもと大人の違いに気づき始めた頃、クヒオは父について漁の手伝いをし、クヒナは母の手伝いをするようになりました。でも手伝いが終わると、二人は丘にのぼり、お喋りをし、遊びました。

 女と男の違いに気づき始めた頃、二人はどちらもそれぞれの家の大切な働き手でした。そして、二人が会えるのはいつも遅くなってからでした。それでも時には二人で手をつなぎ、海に向かって座り、落ちてゆく太陽を見ることができました。それは、全てを満たしてくれる黄金の時でした。

 二人がはっきりと女と男の違いを知った頃、クヒオはもっと遠くに漁にでかけるようになり、時にはほかの島に泊まってくることもありました。クヒオがいない夜、クヒナは一人で丘にのぼりました。漁から帰ってきた夜、二人は丘にのぼり、時にはクヒオが静かに漁やほかの島の話をしました。そんなある日、クヒオは一つの葉と、しおれた花を持って帰りました。その花は、白く大きく、しおれた後も甘く濃厚な香りをしていました。クヒオにとって、ほかの島で見たその花はクヒナ自身でした。その花はダンタラスの花と言いました。二人は、その葉を二人の丘に植えました。その葉は育ちました。花はまだ咲きませんでしたが、二人にとって、その丘で過ごす時は、その花以上にかぐわしく甘い時となりました。

 それは、突然のことでした。漁にでたクヒオが戻りませんでした。他の島でよい風を待っているのだ。誰もがそう思いました。クヒナは丘にのぼり、よい風を待ちました。良い風がきました。でもクヒオは戻りませんでした。他の島で病気になったのだと、誰かが言いました。島に行った者が、そんな話は聞かなかったと言いました。もっと遠くの島に行ったのだと誰かが言いました。

 クヒナはクヒオが持って帰った花の話をし、その花が咲く島の事を訪ねて回りました。でも誰も、その花を知らず、誰もその花の咲く島を知りませんでした。夜になると、クヒナは丘に登り、泣いて泣いて泣きました。その涙はダンタラスの葉を豊かに繁らし、ツルが伸びでどんどん増えていきました。でも花は一輪も咲きませんでした。

乾季がすぎ、雨季がすぎ、やがてクヒオの噂も聞かれなくなり、クヒナは美しい娘になりました。クヒナは、泣かなくなりました。やがてクヒナは、島の中で最も勇敢で最も豊かな青年と結婚しました。子が育ち、そして孫も育ち、夫を見送り、年をとったクヒナは、やがて自分の死が近いことを知りました。

 その夜、クヒナは一人で静かに家を出て、クヒナの丘に登りました。それは、結婚して以来50年ぶりでした。そこには、あのクヒオが持って帰ったダンタラスの葉が丘の上一帯に茂っていました。その茂みの真ん中に、クヒナは静かに横たわりました。その途端、クヒナの目から、大粒の涙が次から次へと出てきました。その一粒一粒が、月の光に照らされると、スーッと空に上りました。そして、50年分の涙が全て星になった時、その星は再びクヒナの丘へと降り注ぎ、ダンタラスの白く大きな花々となったのです。その香りにつつまれて、クヒナは微笑んだのでした。

 名残の美しい香りの中、島は夜明けを迎えました。しかし、ダンタラスの花は全て、陽の光と一緒にとじていたのでした。

(ハワイの昔話。作者不明)