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木星と飛行機と宇宙ステーション

今日はしあわせな夜でした。

 

2017.4.15 19:07~

宇宙ステーションが北西から、南西にかけて一直線に夜空を渡る光を見ることができました。

 

南の空には木星

もう少し西には、国内線の旅客機が飛び立つ光

そこへ向かって宇宙ステーションの光

太古の人が見たら、天変地異どころじゃない。

 

僕らはその光を、それなりの都会で

近所の迷惑にならないように

控えめな歓声を上げながら、みんなで空を見上げました。


真上を宇宙ステーションの光がとおるから、いい大人がみんなで頭を上に向けて

「首が痛い」なんて、当たり前のことだけど、とっても愛おしい言葉がきこえた。

 

写真を撮っている人もいたけど

おれは胸が一杯で、そういうスタイリッシュな行動はとれましぇん。

だから、ここにも写真の添付とかできましぇん。

 

 

おれはしあわせだ。

色々言うのは、今日はやめだ。

 

なんか、わりいねジョバンニ。

いや、なんでって

 

ジョバンニは孤独な夜に銀河ステーションから銀河鉄道に乗ったのに

おれはあれだ、ちゃっかり仲間と楽しく、春麗らかな夜に、宇宙ステーションから木星に旅に出ちゃったりしたもんだ。

だってそのあと、すんげーきれいな木星見たんだよ望遠鏡で。

 

わりいね、わりいね、ワリーネ・デードリッヒ(小松政夫の定番ギャグ) 。

生きていれば、こんなしあわせな夜もある。

 

 

でも、ジョバンニだって、カンパネルラだって

自分のことを、ふしあわせとはおもっていないだろう?

 

 

願いの叶わないことがあっても

かなしいばかりじゃないんだね。

 

おれは、ほんとうにしあわせだ。

色々言うのは、今日はやめだ。

 

 

 

 

 

友人に向けて。

ブログというものの性格を、理解してはいるつもりですが
全く自分のために書いています。
ご容赦ください。


先日、中学時代からの30年来の友人が、突然の死を遂げました。
自分にとって、一番深い友人のひとりでした。

ガキの頃のなんて、たまたま、なんとなく、友達になっていくものでしょう。
たまたま、同じクラスになった。
たまたま、武道に興味があるようなので誘ったら、自分の通っている道場に来た。
たまたま、翌年も同じクラスだった。
そこで、奴を含む5人組(やんちゃでもなく、色気もない)が、たまたま、できあがった。

その後の関わりのなかで
お互い成長していくなかで
すして大人になっていくなかで

仲のいい友達から、大事な友人になっていったのだと思います。


社会人になってからも一緒に道場を手伝ったから、毎週のように会っていた
子供たちに何をどうやって教えるか、伝えるか、よく話した
先生が死んだときは、一緒に悲しがった。

道場を閉めてからは、毎週会うことはなくなったけど
集まればお互いに元気で、嬉しかった。


会わなくても、いる。
それが大事なことだった。


これまでの自分の人生は、ある時点から、あいつがいる人生だった。
これからの自分の人生は、あいつがいない人生だ。
それが自分にとって、どうなのか
まだ、わからずにいます。


・・・・・・・・・・・・・・・


奴の葬儀では、懐かしい顔ぶれがたくさん集まった。
昔の話がたくさん出た。
小学生から、中学生にかけての思い出を
たくさん話した。

あんまり食べたことないけど、聞けば懐かしい駄菓子の話もあった。
ほとんどはじめて話すけど、顔を見れば懐かしい同級生もいた。


…そうだ。
はじめて聴いたのに、なぜかとても懐かしい気がした曲がある。


ビル・エヴァンスの「ダニー・ボーイ」
この曲を、今日の文章に添えたいと思います。

ビル・エヴァンスも、音楽仲間の死に悲嘆にくれたことがあり
これはその頃にレコーディングされた曲なのだそうです。


聴くと、昔を思い出す。
そしてこの曲を聴いているときは、奴のことを思い出す。

自分にとって、そんな曲として
これを添えたいと思います。








ありがとうね
じゃあね。

おやすみ。

雨だなあ…。

春の夜の雨です。

ほいでもって、きょうはちょっとざんねんなのさ。
べつに、どうということでなく
個人的にざんねんなことがあったのさ。

ちぇー。

でもこの曲はいい曲だとおもう。
春の雨の夜にあっているとおもう。

ふてねしよっと。
夜だし。

月が照らしていたよ。



月が照らしていたよ
瓦礫の線路を十三夜の月が
暗い夜のひとつの明かり
月が照らしていた

星がひかっていたよ
残った田んぼの水に映って
暗い夜のちいさな光
星がまたたいていた

ほんとうだよ
ほんとうにそうだったんだ

いまでも
そうなんだ

あいするこころについて(What a wonderful world)

久しぶりの投稿です。

さて、先日のアップルの新製品の発表と同時に、U2の新アルバムが突如、itunesのアカウント持ってる人ならだれでも無料ってことで、オッと思ったのでした。
早速ダウンロードして聴いてると、その1曲目が故ジョーイ・ラモーンを歌った曲でした。


ジョーイ・ラモーンはNYパンクの神様バンド「ラモーンズ」のボーカルで、U2のボノはたいへんに尊敬しているらしい。

そして、ジョーイ氏はリンパ腺ガンとの長い闘病の末、2001年に49歳で亡くなっているのですが、死を迎える際、病室でU2のアルバムを聴きながら、息を引き取ったのだそうだ。「In a little while」という曲を聴き終えたところだったそうだ。

そういう縁が今回の新アルバムの1曲目に表れているようだ。

そして、そのNYパンクのヒーロー、ジョーイ・ラモーンが最期の頃に残した曲の中に、今回紹介する、ルイ・アームストロングのカバーがあります。
ほんとうに最高にサイコーな1曲です。

ジョーイ・ラモーンとボノはかつて、反アパルトヘイト作品の「サン・シティ」(1985年作品)にも、多くのミュージシャンと一緒に参加しているし、長い付き合いだったんだろうな。


ラモーンズはいい。
ラモーンズはいつ聴いても痛快で爽快で明快だ。
ラモーンズはいつ聴いても、テキトーで、愛でいっぱいだ。
じつは、パンクは愛にあふれている。
がしかし。
「愛しているなら、この通り愛すべし」といった考えかたにたいしては
「嫌だね」って言ってのけるのさ。
そこがじゅうようなポイントだぜ。


相手を尊重できていれば、愛し方は人それぞれだよ。
そこらへん自分なりに掘り下げる必要はあるとおもうけど。
「愛しているなら、みんなと同じようにこの方法で愛しなさい」なんて愛し方は愛じゃない。
「愛し方はこの通り、規律があります」とか
「愛し方を幼児期から涵養しよう」なんて考え方があるとしたら、ぞっとしないね。
そんな考え方では、ラモーンズの良さはわかってもらえないかもしれないね。


ボノは「ラモーンズがいなかったらU2もなかった」くらいのこと言ってるらしいけど
おれも、ラモーンズがいてよかった。

ラモーンズは、アルゼンチンではなぜか、スタジアム満員レベルの大スターらしい。
なぜか。それはアルゼンチンだからだ。つまりそういうことらしい。


この曲に、自分は本当に感激したので
心の底からシビレたので
ずっと聴き続けようと思います。


以上
久々なうえに、じつにテキトーなひとりごとでした。

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