Manga●製作所 -495ページ目

治虫



拝啓 手塚 治虫様へ

私が、漫画家になって、 漫画賞のパーティーへ招待された時、 巨匠たちの席の列に 手塚先生、
あなたはいませんでした。 そして、すでにこの世にもいませんでした。

手塚先生にお会いする為に なんとか、靴をそろえて、 ペンでなんとか描いたドレスも、無理やり奪った
新人賞も、 先生がいない会場に入ると、色あせて見えました。
もう一歩早く、私が努力できていたなら… そう思い、絶対届くはずのない 帝国ホテルの天井を見て、
むなしく思えたのを今でも一番覚えています。

今日、NHKで、久しぶりに手塚先生を見ました。 死の寸前まで仕事をしておりました。
そうして、私たちには  “  命こそ 宇宙だよ ” と語りかけていました。
先生は神様でありながらどん底を見ました。 そして、ある作品を改めて見てこう言いました。

「 これは、私のどん底の時描いたものだ。だから 話もクソみたいで 暗い。 と読者が言ってた。まさにだ 」

でも、先生? 私は知ってます。その作品の最後は キレイな気球が空を飛ぶんです。

信念が、これほどまでに一人の人間を強くするんだと。 私は 先生から学びました。
どん底を歩く自分を 人は見れるんだと、それはちょっとサデスティックであるような。真理のような。

そして、漫画家になった事で いろんな・普通では聞かない先生のうわさも耳にしました。
ですが、それがなんだろう? 信念をもって動き出した作品・人物たちは なんとキレイな事か。
生まれて価値のない人はいる。 けど、生まれた事に意味はあるんだ。
そう教えてくれたのは手塚作品たちです。

しかし、先生は、一番身近な宇宙から目を叛けていましたか? それは家族です。先生の命の連鎖です。
信念を伝える為に 孤独でいろなんて。 私は言えません。 
ですが 最後、病室で、 幸せだったのでしょうか?
家族に申し訳なくて、仕事をしていたのでしょうか??
それとも、本当に仕事に、信念に燃えて病床でペンを持っていたのでしょうか??

この答えは、きっと私が死ぬ時に、お空にお土産に持って逝きます。
なぜなら、私もきっと、この問題を一生考えると思うからです。 

先生は言います。 もし、輪廻があるとしたら、 人間でいる時期なんかほんのひと時だけの事。 と。
だとしたら私たちは人間の間が一番弱虫で、ぶきっちょな時間を過ごすような気がします。
 そして、もしかしたら そんな人間が 一番愛らしいのかもしれません。 今は大嫌いな所が多いけど。

命の尊さを伝えてきた手塚先生と手塚作品。 先生は私の神様です。
そして、今の夢も先生に誓ったまま変わっておりません。 その夢を聞いた人は 情けない顔して 笑い飛ばしました。
だから、今は誰にも言いません。 けど、私も全然諦める気はありません。 

それが私が漫画家になった信念です。 

たとえ、その作品が実現して、失敗に終わっても、 なんとも思わない。
わたしは そこに、勝ち負けを見ていない。

でも、先生、勝ってないと出来ない事がたくさんあります。 これからも、先生の作品を開く時、
私を励まして下さい。  今日、思った事を綴りました。  忘れないように。