加藤君と21匹のネコ3
私は 毎日爪を研いでいた。
化粧台の前にちらばったままのネイルキット。
私は毎日そこ前に座り、爪を研ぎ、マスカラをたっぷり塗り、髪を巻いて、香水を降らして出ていってた。
私の指先はいつもいつも綺麗だけど冷たかった。
ふた駅ほどこえて駅からほんの少しはずれの小さなビルには小さなテナントが沢山あってこれまた小さいけどそのひとつの扉を自由に開閉する権利を私はようやく手に入れたのは7年前だった。
私自身がここの看板。
そう言い聞かせて毎日身綺麗にし、爪を飾り立て維持してるネイルサロン・ポリアフ。
平凡な言い方だけど、私のすべてだ。
ポリアフの名前は私の大好きなハワイの雪の女神の名前。
暑いハワイにありながらマウナケア山の山頂は冷たい雪が降る。
まるで体は情熱で溢れ指先はいつも冷たい私の様ですごくこの女神に惹かれた。
のでマウナケアに住む雪の女神の恩恵を授かろうとこの名前にした。
経営者たる者、表では誰よりも幸せそうに笑うべき。
考えるより行動せよ。
弱音を吐き足をとめればすぐ飲み込まれるほど世界は競って上を目指す者たちであふれてる。
絹江が学んできた経営に対する成功者のマニュアルにそう書き立ててあった。
そうだ。だから張り切ってきたし、がむしゃらにやってきた。
いつも誰の前でも笑顔でいるし、
見てよ?私のお店のブログ。どこから読んでも綺麗なネイルとロハスな時間満載で幸せそう。
日々の私のネイルアートへの努力なんか微塵も感じられないほど。
ドアを開けると白い落ち着いた壁に南国調の癒やしを意識した空間が広がってる。
カツカツと6歩。
そこが部屋の真ん中
普段はこの6歩以外の音はしない。
少しでもお客様が癒されるようにと買ったフットバスも今じゃ自分専用になり果ててる。
部屋の隅でフットバスをしながら壁に飾られてる美しいポリアフを見る。
私に何が足りないの?
バイトをしてただ維持してるだけのこの状況に自分の才覚のなさに打ちひしがれてた。
…どんなに困難な状況下にあっても自らをおとしめてはならない…
だから、バイトも楽しんで働いてるじゃない。
生きてることに感謝してるじゃない。
幸せは自らの手からしか生まれない…
だから…だから私は・・・
絹江がこの場所で初めて笑顔をやめて涙を流したのは3ヶ月前の事だった。
…今日も絹江はバイト帰りの朝にこのサロンに立ち寄った。
3ヶ月。絹江はバイトに明け暮れここに訪れるのもまちまちになってる。
だけど今日は指先は冷たくない。
飲食店で働く絹江の手は洗剤と残飯で酷使され、飾り立てる土台にもなってない。
代わりに、赤い毛糸の手袋を付けていた。
たがらもう指先は冷たくないんだ。
髪もひとつに束ねただけで、化粧もあまり残ってない。
3ヶ月、笑顔をやめた絹江がそれでもうんうん言いながら生きてきた。
この前聞いたバイトの加藤君の話は衝撃的で
何もない人生を歩んでる人なんかいないなんだなって
上からではなく、そういうコトを絹江は始めて知ったのだ。
そうして肩に力を入れすぎてる自分をなんとなく恥ずかしくなったのだ。
そんな姿で6歩。
ポリアフの前に立った。
火の女神ペレはあなたに一度だって勝てた事ないんですってね?
…本で読んだの。
ポリアフは美しいまま黙ってる。
…私はそうだ。ずっと本で読んだ誰かのうけうりばかり。
マニュアル本の言いなり。そうすれば成功出来るって信じてた。
そうしてあなたと競っていたのかもしれない。
神様なんかに勝てる訳ないのに。
絹江はポリアフに手で触れてみた。額に入れられたそれは冷やりと冷たい。
…ハワイに…行ったこともないの本当は。
本当に私、全て本のうけうりでしょ?
…ごめんなさい…ごめんなさいね?…
絹江はポリアフに謝りながら自分の人生をあやまったのかもしれない。
どうにも出来ない今の現状で絹江が初めて目覚めた事。
それは見栄ばかりで生きてきた成功者だと思い込んでた自分だった。
そうなれると信じてきて闇雲に走ってきた自分だった。
その私がここからどうするのか?
本に頼りきってた絹江に答えはない。
だけどどうしてもここをたたむ気にはなれなかった。
それでもここが絹江のすべてには変わりなかったのだ。
ふと、そんな事に気がつき再び顔を上げる。
今まで氷のように冷たい視線をしてた美しいポリアフの目。
初めて赤い赤い瞳だと知った時
ハワイの神様だ。
意味なんかなくそう思った。
だけどその意味なんかないって事が今の絹江をものすごく揺さぶった。
絹江はポリアフの目を見つめ直した。
今度は強く見つめ直した。
いつか…立て直して必ずあなたに会いに行くから
絹江はポリアフに敬意を込め熱意を持ってお辞儀をした。
今までみてきたポリアフはただの憧れの女性でしかなく、この時に初めて絹江の中で女神となったのだ。
3ヶ月間…いや、きっともっと歩いてた闇を今始めて女神が照らしてくれた。
昼過ぎ、絹江は今日は店を開けるのをやめてよく寝る事にした。
ガチャンと小さなドアだけどエントランスに響き渡る。
こんにちは…不審そうにとなりのテナントの人ともう一人は誰かわからないけどあいさつを交わす。
…あれ誰?
あのサロンの
…え!あれが化けネコばばぁ…
絹江にもそれは聞こえていた。
そうか…そんな風に呼ばれてたんだ。だよね、いい年してギャルみたいな化粧バリバリして髪盛って…
ふと、絹江は馬鹿げた言葉を思いついく。
“化けネコが爪を研ぐ店。”
あはは。たしかにそんなんじゃお客なんて来やしないか!
白い昼下がり
寝てないせいかそんな事で絹江は笑った。
久しぶりに心から清々しく笑った。
ふと見ると
以前、サロンの開店祝いで行ったフレンチレストランが閉店していた。
あら?…またいつか来ようと思ってたのに…
当時の絹江は輝かしい未来に期待と希望で溢れてた。まんべんの笑みでグラスを傾け乾杯する自分。
乾杯するんだから相手もいたんだ…絹江はふとそんな事に気が付く。
7年前の巻き髪がよく似合う可愛らしかった自分が化けネコになってく様をみかねたんだろう…
今ならそう、容易に想像出来る。
あの人は今何をしてるんだろうな。
閉まったレストランを見て思い出にふけ、いつの間にか心に空いたチクチクする穴にすら気がつかないようにしてた自分にも気がついた。本当になんも見えてなかったんだな私。イライラした口調で吐き捨て、ショーウィンドウを覗き込む
閉まったフレンチレストランのショーウィンドウに写るのは…
今日も加藤君とバイトだから沢山寝てからいくかな。
それでもいくらか足取りの軽い今の自分だった。
~~~
実家から戻ってのんびり用意をして出勤する。
道すがら月を見るのがボクは好きだ。
というか僕は月が好きなんだ。
深夜、店について山中さんが何かをやらかしてないか心配しながらタイムカードを押す。
エプロンをまいて厨房を覗くと山中さんはバタバタほうきで掃き回ってる。
あいかわらず大げさに働く山中さんだ。すると僕に気が付いてゆっくり寄ってくる。
ねぇ…加藤君…
僕は深刻そうな声のトーンに少し警戒した。
どうしたの?
…玉ねぎって…
どこにでもいるんですね。さっき入り口を掃いたら入り口なのに玉ねぎのカスが…
…僕は最後まで聞かなきゃならないんだろうなこのどうでもいいだろう話を。
いいよな。山中さんって気楽で。
今日も夜空には昨日よりかけた月が登ってる。
雲の切れ間から今日ものぼってますよ?と柔い光で自己主張をして。
誰にでもがんばってると多少自己主張する権利があるなら
僕のすべては月にきいてもらえばそれでいいから。
今は、玉ねぎがどうのこうのという話を僕が聞こう。
続く
化粧台の前にちらばったままのネイルキット。
私は毎日そこ前に座り、爪を研ぎ、マスカラをたっぷり塗り、髪を巻いて、香水を降らして出ていってた。
私の指先はいつもいつも綺麗だけど冷たかった。
ふた駅ほどこえて駅からほんの少しはずれの小さなビルには小さなテナントが沢山あってこれまた小さいけどそのひとつの扉を自由に開閉する権利を私はようやく手に入れたのは7年前だった。
私自身がここの看板。
そう言い聞かせて毎日身綺麗にし、爪を飾り立て維持してるネイルサロン・ポリアフ。
平凡な言い方だけど、私のすべてだ。
ポリアフの名前は私の大好きなハワイの雪の女神の名前。
暑いハワイにありながらマウナケア山の山頂は冷たい雪が降る。
まるで体は情熱で溢れ指先はいつも冷たい私の様ですごくこの女神に惹かれた。
のでマウナケアに住む雪の女神の恩恵を授かろうとこの名前にした。
経営者たる者、表では誰よりも幸せそうに笑うべき。
考えるより行動せよ。
弱音を吐き足をとめればすぐ飲み込まれるほど世界は競って上を目指す者たちであふれてる。
絹江が学んできた経営に対する成功者のマニュアルにそう書き立ててあった。
そうだ。だから張り切ってきたし、がむしゃらにやってきた。
いつも誰の前でも笑顔でいるし、
見てよ?私のお店のブログ。どこから読んでも綺麗なネイルとロハスな時間満載で幸せそう。
日々の私のネイルアートへの努力なんか微塵も感じられないほど。
ドアを開けると白い落ち着いた壁に南国調の癒やしを意識した空間が広がってる。
カツカツと6歩。
そこが部屋の真ん中
普段はこの6歩以外の音はしない。
少しでもお客様が癒されるようにと買ったフットバスも今じゃ自分専用になり果ててる。
部屋の隅でフットバスをしながら壁に飾られてる美しいポリアフを見る。
私に何が足りないの?
バイトをしてただ維持してるだけのこの状況に自分の才覚のなさに打ちひしがれてた。
…どんなに困難な状況下にあっても自らをおとしめてはならない…
だから、バイトも楽しんで働いてるじゃない。
生きてることに感謝してるじゃない。
幸せは自らの手からしか生まれない…
だから…だから私は・・・
絹江がこの場所で初めて笑顔をやめて涙を流したのは3ヶ月前の事だった。
…今日も絹江はバイト帰りの朝にこのサロンに立ち寄った。
3ヶ月。絹江はバイトに明け暮れここに訪れるのもまちまちになってる。
だけど今日は指先は冷たくない。
飲食店で働く絹江の手は洗剤と残飯で酷使され、飾り立てる土台にもなってない。
代わりに、赤い毛糸の手袋を付けていた。
たがらもう指先は冷たくないんだ。
髪もひとつに束ねただけで、化粧もあまり残ってない。
3ヶ月、笑顔をやめた絹江がそれでもうんうん言いながら生きてきた。
この前聞いたバイトの加藤君の話は衝撃的で
何もない人生を歩んでる人なんかいないなんだなって
上からではなく、そういうコトを絹江は始めて知ったのだ。
そうして肩に力を入れすぎてる自分をなんとなく恥ずかしくなったのだ。
そんな姿で6歩。
ポリアフの前に立った。
火の女神ペレはあなたに一度だって勝てた事ないんですってね?
…本で読んだの。
ポリアフは美しいまま黙ってる。
…私はそうだ。ずっと本で読んだ誰かのうけうりばかり。
マニュアル本の言いなり。そうすれば成功出来るって信じてた。
そうしてあなたと競っていたのかもしれない。
神様なんかに勝てる訳ないのに。
絹江はポリアフに手で触れてみた。額に入れられたそれは冷やりと冷たい。
…ハワイに…行ったこともないの本当は。
本当に私、全て本のうけうりでしょ?
…ごめんなさい…ごめんなさいね?…
絹江はポリアフに謝りながら自分の人生をあやまったのかもしれない。
どうにも出来ない今の現状で絹江が初めて目覚めた事。
それは見栄ばかりで生きてきた成功者だと思い込んでた自分だった。
そうなれると信じてきて闇雲に走ってきた自分だった。
その私がここからどうするのか?
本に頼りきってた絹江に答えはない。
だけどどうしてもここをたたむ気にはなれなかった。
それでもここが絹江のすべてには変わりなかったのだ。
ふと、そんな事に気がつき再び顔を上げる。
今まで氷のように冷たい視線をしてた美しいポリアフの目。
初めて赤い赤い瞳だと知った時
ハワイの神様だ。
意味なんかなくそう思った。
だけどその意味なんかないって事が今の絹江をものすごく揺さぶった。
絹江はポリアフの目を見つめ直した。
今度は強く見つめ直した。
いつか…立て直して必ずあなたに会いに行くから
絹江はポリアフに敬意を込め熱意を持ってお辞儀をした。
今までみてきたポリアフはただの憧れの女性でしかなく、この時に初めて絹江の中で女神となったのだ。
3ヶ月間…いや、きっともっと歩いてた闇を今始めて女神が照らしてくれた。
昼過ぎ、絹江は今日は店を開けるのをやめてよく寝る事にした。
ガチャンと小さなドアだけどエントランスに響き渡る。
こんにちは…不審そうにとなりのテナントの人ともう一人は誰かわからないけどあいさつを交わす。
…あれ誰?
あのサロンの
…え!あれが化けネコばばぁ…
絹江にもそれは聞こえていた。
そうか…そんな風に呼ばれてたんだ。だよね、いい年してギャルみたいな化粧バリバリして髪盛って…
ふと、絹江は馬鹿げた言葉を思いついく。
“化けネコが爪を研ぐ店。”
あはは。たしかにそんなんじゃお客なんて来やしないか!
白い昼下がり
寝てないせいかそんな事で絹江は笑った。
久しぶりに心から清々しく笑った。
ふと見ると
以前、サロンの開店祝いで行ったフレンチレストランが閉店していた。
あら?…またいつか来ようと思ってたのに…
当時の絹江は輝かしい未来に期待と希望で溢れてた。まんべんの笑みでグラスを傾け乾杯する自分。
乾杯するんだから相手もいたんだ…絹江はふとそんな事に気が付く。
7年前の巻き髪がよく似合う可愛らしかった自分が化けネコになってく様をみかねたんだろう…
今ならそう、容易に想像出来る。
あの人は今何をしてるんだろうな。
閉まったレストランを見て思い出にふけ、いつの間にか心に空いたチクチクする穴にすら気がつかないようにしてた自分にも気がついた。本当になんも見えてなかったんだな私。イライラした口調で吐き捨て、ショーウィンドウを覗き込む
閉まったフレンチレストランのショーウィンドウに写るのは…
今日も加藤君とバイトだから沢山寝てからいくかな。
それでもいくらか足取りの軽い今の自分だった。
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実家から戻ってのんびり用意をして出勤する。
道すがら月を見るのがボクは好きだ。
というか僕は月が好きなんだ。
深夜、店について山中さんが何かをやらかしてないか心配しながらタイムカードを押す。
エプロンをまいて厨房を覗くと山中さんはバタバタほうきで掃き回ってる。
あいかわらず大げさに働く山中さんだ。すると僕に気が付いてゆっくり寄ってくる。
ねぇ…加藤君…
僕は深刻そうな声のトーンに少し警戒した。
どうしたの?
…玉ねぎって…
どこにでもいるんですね。さっき入り口を掃いたら入り口なのに玉ねぎのカスが…
…僕は最後まで聞かなきゃならないんだろうなこのどうでもいいだろう話を。
いいよな。山中さんって気楽で。
今日も夜空には昨日よりかけた月が登ってる。
雲の切れ間から今日ものぼってますよ?と柔い光で自己主張をして。
誰にでもがんばってると多少自己主張する権利があるなら
僕のすべては月にきいてもらえばそれでいいから。
今は、玉ねぎがどうのこうのという話を僕が聞こう。
続く