お母さん。
元気にしていますか?

お母さんが天国に行ってから、
今日で129日が経ちました。
まだ、129日しか経ってないんだね。
もう、129日も経ったんだね。

お母さんは、美希を生んで良かったですか?

今から約2年くらい前に
癌、と先生に言われました。
その言葉を告げられた時、
お母さんは1人だったよね。
言われた時、お母さんはどう思ったのかな?
怖かったかな?悲しかったかな?
一緒に行ってあげられなくてごめんなさい。

美希がバイトから帰ったら
お母さんは洗濯しながら
1人でお酒を飲んでたね。
「結果どうだった?」って聞いたら、
「お母さん、癌って言われちゃったよ」
って笑ってたね。
美希、その時は癌ってあまり酷いものだと
思ってなかったんだよ。
バカだから、
「お母さん強いから癌でも死なないよ」
とか言って笑ってね。

お酒も進んでお母さんが酔ってきた時、
もっと残酷な事を知りました。

それは、
あと2年しか生きられないという事。
これから日が経つにつれて、
体が動かなくなっていくという事。

お母さんが美希にそれを言ってきた時、
お母さんが泣いてて、
美希の前で涙見せた事なかったのに、
やっぱり怖かったんだ。
1人で聞いた時、もっと怖かったよね。
美希もすごい泣いた。
ずっと涙が止まらなかった。
死がすぐ近くにある事が怖くて、
お母さんが大好きだから
お母さん居なくなっちゃうんだって
思ったら涙は止まらなかった。
だって、今話してるお母さんは
元気に立ってるんだもん。
喋ってるんだもん。お酒飲んでるんだもん。
これから先、当たり前の事が出来ない日が
くるなんて思ってなかったもん。

でも、美希はその日から、
絶対にお母さんの前では泣かない
って決めたんだ。
美希が泣いたらお母さん無理しちゃうから。

その日からお母さんには
優しく接しようと思ったし、
たくさん写真を撮ろうと思った。

お母さん、機械音痴だから
スタンプ送るのとかも苦手だったんだ。
苦手なスタンプも、分かってきたら
たくさん送ってきてたね。



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でもね、のちにこのたくさん
思い出の詰まってる携帯を
美希は無くしちゃうんだ。
いっぱいいっぱいお母さんを撮ったのに。
お母さんの日記も書いてたのに。
今日の病院では〇〇アイスを食べた、
とかくだらない事もたくさん書いたのに。
ごめんなさい。

新しい携帯だから、
今は何も残っていません。
悲しいよ。

いつも以上に優しくしてたのは
最初のうちだけだった。
癌と知ってもお母さんは全然普通で
いつも通りの生活をしてたから、
やっぱり甘く見てた美希にとって
2年は嘘だなって思った。
もっと生きられるじゃんって思った。

お母さんはお腹の手術をした。
2年のうちに、2回もした。
お母さんは自分で尿を出したり便を出したり
する事が出来ない体になっちゃって、
人工肛門にした。

お腹に腸を出して、袋をつけて、
そこから尿とか便とか出してた。
袋が透明だから、腸が見えるんだ。
美希は1回もそれを気持ち悪いって
思ったことないよ。
タラコみたいで可愛いって思った。
美希はそれをゴリラって呼んで笑ってた。
お母さんも笑っていたね。

もちろん3日に1回とかで
袋を取り替えてあげなきゃいけなくて、
お母さんはお腹にみずが溜まってて
妊婦さんみたいにお腹が膨らんでいたから、
自分じゃ変えることが出来なくて。
だから美希が袋を替えてた。
でも、いつも喧嘩は絶えなくて。
「もう自分でやるからやらなくていい」
なんて言われたりして、それに対して
「じゃあ一生自分でやってくれ」
って言い返したりして。
結局は文句言いながらも美希がやるけど、
人にやらせてるお母さんからしたら、
自分でやれるならやりたいよ…って
思っていたと思うし、屈辱だったと思う。

お母さんは徐々に足もパンパンになって
歩くのが困難になっていった。
喧嘩の時、いつもみたいに怒鳴る事も
出来なくなってきました。
息を荒げたら呼吸が苦しくなるって。

文章だから色々省いてるけど、
美希はお母さんの色々な所を見たし、
色々酷い事も言ったし、
たくさんたくさん無理をさせた。

足がパンパンで尚且つお腹も膨らんで。
歩くのが亀みたいに遅いお母さんに、
早く歩いてよ、って。
お腹は空いてるんだけど、
たくさん食べる事が出来ないお母さんに、
どうせ食べれないでしょ、って。
お母さんの顔も見たくないから
こっち来ないで、って。
いっぱい酷い事言った。
ごめんね。ごめんね。
本当にごめんなさい。

お母さんとは今まで生きてきて
ずっと一緒の布団で寝てた。
寒いといっぱいくっついた。
美希は暑がりだからすぐ離れたりするけど
お母さんは寒がりだから
ずっと背中合わせてきたりして。
美希も大きくなったから、お母さん
狭いだろうなと思って
もうしばらくずっとソファーで寝てた。
お母さんが起きてきたら布団入る、
みたいな感じがずっと続いてた。
半年くらい前からずっと、
布団入ってこないのかい?とか、
寒いから入っておいでとか、
今思えば、一緒に寝たかったのかなぁ
1人で寝るの寂しかったのかなぁ
つらい時、背中さすってほしかったのかなぁ
って。
本当に気付いてあげられなくてごめんなさい。

うちは本当にお金がなくて、
尚且つお母さんがパチンコ好きだから
給料が出たら少ないお金を持たせて
やらせてあげてた。
勝ったら少しでも貯金とかすれば
良かったんだけど、
美味しいご飯を食べに行ったり
美希の服とかを勝ってくれたりして。
負けたらお母さんに怒ってさ。
本当自分勝手な娘だよね。

美希は本当に本当にバカだから、
本当に本当に親不孝者だから、
転んで痛がってるお母さんに
大丈夫?って言わなかった事もある。
立つのも困難なお母さんに、
早くしてよって怒った事もある。
美希が頑張ってるから、って理由で
職場にきてお金をたくさん使ってくれた時、
迷惑だからこないで
って言った事もある。
どうしてこんなに美希は最低なんだろう。
もう自分を憎んでも憎んでも仕方がない。
本当にごめんなさい。

美希は6人兄妹の末っ子で、
5人お兄ちゃんがいる。
お母さんはその中でも
3番目のお兄ちゃんの事が好きで好きで。
1番好きって何回も言ってたね。
美希はお母さんと2人で暮らしてて、
それを何回も聞いたことがあって。
喧嘩する度に、
生まれたくて生まれた訳じゃないから
って言ったり、
お兄ちゃんの方が好きなんだから
お兄ちゃんの所に行けば?
って言ったり、
美希のこと殺せば?
って言ったりして困らせてばっかりで。
お母さんは女の子の美希と
男の子お兄ちゃんは違うんだよ
って言うけど、美希はほんとうは
嫌だったんだよ。それを聞くのが。
なんで美希はお母さんが1番好きなのに
美希の事は1番じゃないんだろうって。
でも、喘息持ちでちっちゃい時
育てるの大変だったお兄ちゃんが、
今も立派に生きていることが
お母さんはすごく嬉しかったんだよね。
石川県に行っちゃったお兄ちゃんが
年に1、2回帰ってくるのが
楽しみで仕方がなかったんだよね。
お母さんにとって、美希もお兄ちゃんも
みんな1番なんだよね。

「お母さんいなくなったらどうするのさ」
って口癖だったよね。
でも美希は本当に親不孝者だから、
「いなかったらいなかったで出来るもん」
ってずっと言ってた。
そんなお母さんが亡くなる1ヶ月くらい前、
美希の誕生日がきた。



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同じ家の中に一緒にいたのに、
こんな文字を送ってきた。
美希は気付かないフリをしたから
これに反応する事がなかったし、
隣にいるのに送ってこないでって思った。
本当にどこまでも最低な娘です。



亡くなる前日、バイト先に電話がきた。
お母さんの友達から。
「お母さん今救急車に運ばれたから、
検査とか終わり次第また連絡するね」
そう言われて、
しばらく経ってまた電話がきて。
動揺しちゃっててあまり覚えてないけど
危ない状態だからもし今来れるなら
来てほしいって感じだった。
美希は本当に怖かったの。
お母さんが運ばれた事、
命が危ないって事。
なにもかも理解したくなくて、
バイト先のみんなは
行ってきなって声かけてくれたけど、
ほんとに怖くて行けなかったの。
だから明日行くって言った。
なんであの時すぐ行かなかったんだろう。
行ってたら最後に話せてたかもしれないのに。
美希、その日1人で家にいるのが
怖かったから友達のところ行った。
次の日、
お母さんだもん大丈夫。
って思いながら用事を済ませてから
お母さんの所へ行った。

お母さんの部屋に入った。
いびきかいて寝てたから、安心した。
お母さん美希きたよ、って言った。
ねえねえって叩いた。
返事はしてくれなかった。
安心してスヤスヤ寝てるんだなって
思ってお母さんを見てたんだ。
でもそれは違ったんだ。
呼吸をするのに必死だったんだ。きっと。
先生に呼ばれて、入院手続きとかして、
今日から泊まっていきます、って伝えて
全部手続きが終わってから
お母さんのところへ戻ったんだ。
そしたらお母さん、
美希が戻ってきた途端に
いびきが小さくなってったんだ。
先生に、急に、
「最後かもしれないから近く寄ってあげて」
って言われたの。
急な事で理解ができなくて
近くに行くのも怖くなっちゃって
ずっと後ずさりしてたんだけど
無理やり連れてかれて。
お母さんの手握ってあげてって言われて。
死なないでって思った。
もう涙が止まらなくて前が見えなくて
今までの事全部蘇ってきて
ほんとに怖くて手握る事しかできなくて。

お母さんはそのまま大人しくなった。
美希泣く事しか出来なかった。
先生が
「お母さんよく頑張ったね」
って。
「美希ちゃん来るまで待ってたんだね」
って。
「よく頑張りました」
って。
もう泣く事しかできなかった。
声かけることもできなかった。

どうしてあんなに優しくて立派なお母さんが
今目の前で死んじゃったのか
本当に理解できなくて
本当に寝てるだけだと思って
ずっと手握ってるけど
全然力がなくて
もうただただ辛かった。

しばらくしてからみんなに連絡して
友達みんなきてくれて。
お母さん綺麗な顔してるって
みんな言ってたよ。
似てないねって言われた。
でも本当にお母さんは綺麗だったよ。
あんなにじっくり見た事なかったから。

お母さんはずっと、入院してください
って言われてたんだ。
だけど、年末に大好きなお兄ちゃんが
帰ってくるからって理由で
入院しなかった。
会いたかったんだよね。
最後になるかもしれないの、
わかってたから会いたかったんだよね。
頑張ったんだよね。
でも、もう疲れちゃったんだよね。

美希はいっぱい言いたい事、
やりたい事があったよ。
だってお母さん、美希に、
「美希が20歳になるまでは頑張るよ」
って言ってたもん。
美希まだ19歳だよ。
まだ20歳になってないよ。
お母さん頑張るって言ったじゃん。

でも、頑張ったよね。
たくさん頑張ったよね。

美希はお母さんがいなくなってから
1人で暮らしてるよ。
美希が着れなくなって困ってた服、
久々に見てみたらチャックが直ってて
着れるようになってた。
お母さん、美希がいない時に
縫ってくれてたんだね。ありがとう。
壊しちゃったマクラ、
また美希が使えるように
縫い直してくれたんだね。ありがとう。
お母さんに煮物の味付け教わりたかったな。
洗濯するとき、いつものやつ
ちゃんと気を付けてるよ。
美希がいい匂いって言ってた柔軟剤、
たくさん買いだめしといてくれてありがとう。

またお母さんに会えたら、
たくさん話そうね。
たくさんギューしようね。
たくさんバレーしようね。
たくさん手繋ごうね。
たくさん一緒に寝ようね。

そういえばお母さん、
生まれかわったら美希の子供として
生まれてくるって言ってたね。
もし、美希に子供ができたら、
一生一生大切にするよ。
いい子に育てるよ。

あまりにも最低な娘すぎるし、
本当に親不孝だから
今すぐにでも死んでしまいたいです。
死んでお母さんの所へ行きたいです。
でも、死ぬのは怖い。
お母さんも絶対それは望んでいないよね。
わかってる。
だけど今でも毎日お母さんの事で
泣いちゃう。もうすぐ20歳なのにね。
大好きな友達と、お兄ちゃん、
それとお母さんが仲良くしてた友達、
みんなに支えてもらいながら
頑張って生きていきます。

本当に親不孝者でごめんなさい。
産んでくれてありがとう。
ずっと天国から見ててね。



お母さん、世界で1番大好きだよ。