2020年7月18日
AM1:40
プリンちゃん
ねんねしました。
2010年8月11日に
お迎えしたから
10歳迎えた頃かな。
よく頑張ったね。
脚の腫瘍が
大きくなり
ついに 寝たきりになってしまい
1ヶ月。
脚は 膿んで痛々しく・・
可哀想な程だったのに
立ち上がり食べようとする
プリンちゃんは
本当に強い女の子でした。
前日の夜中
リンゴと小松菜 パパイヤリーフなど
沢山食べて お水も
ゴクゴク飲んで おやすみなさいした。
私の太ももの上でゴロ寝しながら
沢山撫でて。
朝 5時
いつものように
ケージから出して
抱き上げると なんだか
私を見つめる目が
とても悲しそうで
どうした?と思った。
ペレット口にせず
リンゴは 半かけ食べたけど
お水飲まない・・
これは まずい。
近くにあった
ミルクの写真を
見せてあげた。
お昼休み
帰って抱き上げて・・
小さなリンゴ 一口
小さな小松菜食べた。
ミルク見ててね。
プリンちゃん
まだいかないで・・
そう声かけて仕事に。
祈る気持ちで帰宅して。
何も口にしない。
目がうつろ・・
私は覚悟した。
娘は泣きながら
いつまでも撫でていて
私は そのまま ふたりきりにして
夕飯を軽く作り。
一通り済ませると
今夜は
玄関でプリンちゃんと
ふたりで過ごそうと決めた。
一緒に寝転んで
抱き寄せて
顔見ながら撫でて
数時間。
プリンちゃん
ありがと
ごめんね
ミルクみたいに
来世絶対また逢おうて
言えなかったな。
幸せにしてあげられなかったから・・
今度生まれ変わったら
もっと幸せな一生を・・。
そう何度も想いながら
撫でた。
23時半頃に
プリンちゃん
ケージの方が 落ち着くと・・戻し
私はその横で 寝転んで。
豆電球の灯りで
照らしていたんだけど
1時過ぎに
大きな雷が鳴り出して
電気消す。
暗闇の中
ウトウトしながら
なんどかスマホで
息にあわせて膨らむ
プリンちゃんのお腹や口元を
照らして確認した。
1時40分前
スマホで照らしたとき
ミルクの最期と同じ
口を開ける呼吸をしてた。
急いで
殿様を呼び
「とーと!プリンちゃん
最期だと思う」と声かける。
ケージから
プリンちゃんを
抱き抱えて
泣きながら
プリンちゃん
ありがと ありがと・・
撫でると
うつろだった
目を開いて
息を引き取りました。
これでもう
身体 痛くないね。
介護用のお尻専用洗浄液
今まで脚の腫瘍付近には
使えなかったから・・
痛みのなくなった今
それを使って
痩せてしまった お尻回り
きれいにした。
乾かして ふと見ると
最期に開いた目が
閉じていて
本当に眠っているような
安らかなお顔になったよ。
ミルクがいなくなって半年。
写真立ては
ずっとプリンちゃんを見つめてて
お骨もケージのあった定位置に置いてた。
だってミルクは
プリンちゃんの最期を
見届けないと
旅立てない気がしてならなかったから。
ずっと最期まで
見ててくれたよね。
プリンちゃんの49日過ぎたら
ふたりで
一緒のお墓に埋葬してあげようと
思います。
今日19日夜に
プリンちゃん 旅立ちます。
ミルクが一緒に
手を繋いでくれるって。
おらに任せろ。
ミルク プリンちゃん
10年間
本当にありかとう。
家族を笑顔にしてくれて
ありがとう。
介護お世話できた時間
幸せでした
ふたりとも最期
私の腕の中で・・なんて
ずっと寄り添ってきた者としては
こんな幸せなことないよ
色んな事あったな・・
私は幸せだったけど
ふたりは・・
もっと幸せな一生
送れたかもしれないな
ごめんね。
ミルクのお別れのとき
お花など頂き
すいません・・
心からありがとうございました。
匿名で送って頂いた方
お心遣いに感謝します。
うさブロだったけど
ミルク プリンちゃんと共に
家族の思い出も綴ってきた。
これから
ここに何か綴るかは
ちょっと わからないけど
ブログで知り合った
うさちゃん達の姿は
これからも ずっと見ています。
コロナなど
世界的に生きにくい世の中だけど・・
どうか皆さん・・
うさちゃんも・・
末長く お元気でいてください。
長々読んでくれて
ありがとうございます。
これいうの最後だ・・
ミルクとプリンちゃんに
逢いに来てくれて ありがとうございました。
ミルクとプリンちゃん
ずっと愛してるよ
・・・おやすみね。










