アンリ・マルディネ『眼差し・言葉・空間』を読みながら(5)― 遅咲きの大輪、今もなお輝き続ける | 内的自己対話-川の畔のささめごと

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マルディネは、191284日生まれ、2013126日没。101歳と4ヶ月、この世に生きた。二十世紀フランスの大思想家の中では、101歳の誕生日を目前に亡くなったレヴィ・ストロースを数ヶ月上回る長命である(マルディネについてさらに詳しく知るには、マルディネ協会(Association Henri Maldiney)が運営・管理しているこちらのサイトを参照されたし)。

1937年にアグレガシオンに合格し、以後高校で教鞭をとるが、戦後数年してリヨン大学にポストを得、定年までそこで多くの学生たちを育てる。私自身、マルディネの薫陶を受けた何人かの哲学教師たちを知人のうちに数えることができる。

『眼差し・言葉・空間』(Regard Parole Espace)がマルディネ最初の著作だが、その出版は1973年、マルディネ61歳のときことである。同書に収められている論文の中で一番初期のものは1953年発表の « Le faux dilemme de la peinture : abstraction ou réalité » であるから、60歳に近くなって初めて著述を始めたわけではない。しかし、同書の出版以前は、マルディネに直接教えを受けた人たち以外には、その思想はほとんど知られることがなかった。彼に親しく接し、その教えに魅了された人たちにとっては、だから、待望の出版であった。

1973年の『眼差し・言葉・空間』の出版は、戦後フランス哲学史を画する出来事の一つであったとさえ言える。それまでは、直接教えを受けた学生たちや講演を聴く機会があった人たち以外には近づきようがなかった哲学的教説が、初めて狭いサークルを越えて知られるようになったからである。

とはいえ、出版とともにマルディネの名前が同時代のフランス現代思想の花形スターたちのようにメデイアに華々しく取り上げられたわけではない。表向きはもっと静かに、しかし読者の精神のもっと深いところで、その哲学は作用する。同書は、その初版以来四十年以上に渡って、哲学することの現場そのものである「感じること」の空間を読む者に開き続けている。

本当に息長く生き続ける本物の哲学書の一冊がここにある。