9/4に旦那が入院し
その日の夜中大型台風で
怖くて眠れなかった。
9/6夜中に鳴り響く
聞いたことの無い音。
「大きな地震が来ます」
慌てて娘を探し覆いかぶさり
まもなく大きくて長い揺れ。
まもなく道内全域停電。
復旧の目処は立っていない。
冷蔵庫、冷凍庫の食材を
無心でクーラーボックスに詰め込み
起きたままの姿で娘を抱え
最低限の食料を確保。
信号もついていない中を走り
旦那の入院する病院へ急ぐ。
当然エレベーターは止まり
階段で5階の病棟へ。
旦那の顔を見て安心して涙。
落ち着いた頃車のガソリンを
入れなくてはいけない事に
気付き再び車で外に出る。
当然ほとんどのスタンドは
閉まっている中やっと見つけた
スタンドには長蛇の列が!!!!
最後尾に並び待つこと2時間
ハイオクしかない20ℓ制限で
幸いにも小さい車のため満タン。
これで旦那の元へ駆けつけられる。
コンビニにより旦那のための
水を買い再び病院に戻り
暗くなる前に自宅へ帰った。
我が家は電気温水器のため
娘と2人でシャワーを浴びて
浴槽いっぱいにお湯をため
いつ着くかわからない電気の
ために備え、溶けかけてる
お肉をロウソクの明かりで
照らしながら調理し湯煎で
パックのご飯を娘のために。
とにかく先の見えない暗闇で
娘だけにはお腹が空いたなどと
可哀想な思いはさせたくない!!!!
ニコニコでご飯を食べている
娘に本当に心救われる。
ロウソクも限りがあるため
19時には布団に入った。
また大きな揺れが来るのではと
不安で今日も眠れなかった。
9/7。
落としていたブレーカーを
あげてみると電気が付いた!!!!
普段当たり前に使っている電気を
大切に思ったことは無い。
会社も自宅待機になったので
学校は通常登校だったが
「怖いからママといる!!!!」
と泣く娘を無理やり学校にやる
ことは出来ずに休ませまた病院。
その前にご飯を沢山炊いて
おにぎりを沢山作って
痛みそうな食材を調理して
お粥しか出ない旦那の為に...。
日中のほとんどを旦那と一緒に
病院で過ごし夕方帰宅する。
電気は復旧したものの未だに
停電で過ごしている人達が
たくさんいる中電気をつける
事に激しく抵抗がありまた
殆どを暗闇で過ごして就寝。
9/8。
学童保育に持たせるお弁当を
作る食材がなくおにぎりと
バームクーヘンを持たせて
仕事に出たがやはり機能しない。
早々と切り上げ娘と共に旦那の元へ。
やっぱり旦那の傍は落ち着く。
3人いっ夕食を済ませて帰宅。
苫小牧にいる友達と電話をし
無事を確認しそろそろ疲れも溜まり
体重もみるみる落ちていく中
厚真で地鳴りがしていて
5~6時間以内に本震が来ると
知り合いから連絡が入り慌てて
シャワーを浴びご飯を炊く。
これはデマ情報だったようだが
こんな時にそんなことをする
人間の神経が理解出来ない。
そん底怒りを覚えた。
9/9。
旦那の経過がよく明日には
退院出来そうと担当医の話。
たった1週間ほどだったが
色んなことがありすぎて物凄く
長かったように感じる。
今日も病院へ行って旦那と
一緒に過ごしてきた。
毎日洗面所で頭を洗い
顔を洗い、髭を剃ってあげ
体を拭いてあげる。
大変だけど本当に幸せで
嬉しそうな旦那の顔を見て
疲れが一気に飛んでいくようだ。
「毎日一緒で仲良いね」
と看護婦さんに茶化され
それでも一緒に居たい人。
旦那が入院してからほとんど
眠らず、食べず、飲まず
体は衰え心も不安定になり
体力的には限界に違いが
旦那が元気でいてくれること
娘が笑っていてくれること
当たり前の生活が出来ること
本当に幸せだと改めて思う。
明日の採血の結果次第だけど
明日退院出来ますよーに。
