数日前、痛ましい事故が起こった。
幼い小学生が海で溺死したのだ。
友人数人と、4歳の弟とフェリーの防波堤で、
釣りなどをして遊んでいた時のことだそうだ。
4歳の弟が海に転落したのを見て、
小学生の兄が、友達と共に海に飛び込んで
助け出そうとしたのだ。
弟は近くの男性に助け上げられ、友人も自力で這い上がり、
兄は、海底で溺死してしまった。
弟思いの兄で、兄弟仲良かったそうだ。
どんな思いで、海に飛び込んだのだろうか。
弟の名を叫んで、飛び込んでいったのだろうか。
弟を助けたいと思うあまり、決死の覚悟だったのだろうか。
そして、どんな思いで海の中でもがいていたのだろうか。
想像に絶えない。
年齢が幼い4歳の弟にとって、月日が経つと共に、
兄のことは記憶から、薄れていくことだろう。
しかし、物心がつく頃に、かけがえのない
命の恩人の兄の存在に、心打ち震えることだろう。
イエス・キリストの人生が重なって感じられた。
私たちの記憶にないはるか昔に、
イエス様は、十字架にかかられた。
私たち一人一人のために。
そこには、一人一人を思う強烈な愛があった。
イエスのハートの中に。
私たちにとって、イエスの十字架は記憶にない。
しかし、聖書を通して、命の恩人がおられたことを知らされた。
イエスの十字架上での、透き通るような純粋な愛、
熱い燃えるような愛を知り、感謝で心が熱くなる。
ローマの信徒への手紙の御言葉。
「実にキリストは、わたしたちがまだ弱かったころ、
定められたときに、不信心な者のために、死んでくださった。」
一人の幼い命を通して、イエスの愛を思い起こさせて下さった。
残された弟のためにも祈りたい。
そして、主よ、幼い兄の命をあなたに委ねます。
