3.11
忘れられないあの日
教室の子どもたちに事実を伝え
考えてほしいことを話しました
そのことを学級通信に掲載したところ
【家族で涙しながら読ませていただきました】
というお言葉をいただきました
思いは届く
言葉には大きな力がある
不定期発行だったが
学級通信を発行してきて
本当によかったと思えた瞬間でした
以下
通信の文章を掲載します👇
3.11 思いを馳せる
昨日,3月11日は,東日本大震災から14年目の日でした。午後2時46分,学校で1分間の黙祷を捧げました。黙祷の前に,教室で子どもたちに話したことを,ここに書かせていただきたいと思います。
2011年3月11日。私は当時,中学3年生。ちょうど中学校の卒業式の日でした。卒業式が終わって帰宅し,家のテレビを見ると,そこには衝撃的な映像が流れていました。家が,車が,大木が,濁流にのまれ流されていく。何が起こっているのか,全くわかりませんでした。東北地方で大きな地震があり,それによって発生した大津波が街を襲った。テレビの情報でそのことを知りましたが,とても現実のものとは思えませんでした。
地震も大きかったが,何より津波は一瞬にして東北の方々の日常を流してしまった。当たり前に学校で過ごす,すれ違う人と「こんにちは」と挨拶を交わす。そんな何気ない日常を奪い去ってしまった。「全部なくなった。家も,家族も,みんな流されてしまった。」映像で見た,津波の後の瓦礫を前に立ち尽くし,嘆いているおばあさんの姿が今でも忘れられません。
毎年この日に,思い出す言葉があります。ジョン・キムさんという方の「真夜中の幸福論」という本に書かれている言葉です。
【我々が生きる今日という日は亡くなられた方々が夢見た明日である】
震災で亡くなられた方々は,明日も明後日も生きたかった方々ばかり。誰一人として,命を落とすことになるなんて思っていなかったはずです。震災によって,生きたくても生きられなかった方々がいらっしゃること。そのことを忘れてはならないと思います。
いま生きている。生かされている我々にできることは何か。震災から学び,いざという時の命の守り方を知っておくこと,準備をしておくこと。そして,亡くなられた方々に思いを馳せること。自分のために,誰かのために今日この瞬間を懸命に生きることではないかと思います。亡くなられた方々のご冥福をお祈りする気持ち,命を大切にし,亡くなられた方々の分まで懸命に生きようとする気持ち。そんな気持ちを届けるつもりで,子どもたちと1分間の黙祷を捧げました。
3.11 この日のことを伝え続け,子どもたちと一緒に命や生き方について考え続けることは,教師として,子どもたちに関わる一人の大人としての使命だと思っています。自分や相手の命を大切にすること,いまを一生懸命に生きることを考える機会となり,そのことが少しでも子どもたちに伝わればと思います。
自分も楽しく
出会ってくださった方々にも
楽しいと思っていただける生き方を❣️
最後までお読みいただき
ありがとうございます😊
