今日、学校で就職ガイダンスがあったんです。
そんなかで自己PRとか長所・短所を書く書類があったんですけど自己中心的とかマイナスイメージになるものしか思い浮かばなくて…。
そんでそれについてコンチェでお世話になってる人にいろいろ相談にのってもらいました。
色んなことを教えて(考えて?)もらったんですが、そのことについて改めて一人で考えるとなぜかネガティブになってきました…。
自己PRとかって『~してる人に…してあげた』とか、誰かのために何かをしてあげた(あげれる)なイメージなのですよ。でも、うち誰かの手伝いとかしたときって、結局は『自分のため』なんですよ…。
『言い方次第で印象は変わる』とも言われましたけど、なんとなく胡散臭い感じにしか自力で直せなさそうでさらにネガティブに…。
んで、純粋に『誰かのために何かをしたこと』がないか、思い出してみたんです。
したらイヤーな記憶が蘇ってきましたよ…。
高1のとき似たようなことで部活の先生と話したことがあったんです。
『どうしてもっと自分を自分で認めないんだ?』って内容でした。
『誰かのために何かをした自分を認めること』がうちは出来てないーって言われたんですよね。
だから『自分のためだった』って逃げるって。
でも、ムリですもん。
自分で認められるほど自分に自信ありませんから。
(むしろまったく?)
そのときにも話題として『親に褒められたことは子供のとき自信がつくだろ?』って。
でも、うちが覚えてる限り、親(父親)に褒められたことありませんから。
テストで100点とっても、模試で校内1位をとっても怒られた記憶しかありませんからね。
(その程度、当たり前なんだって。)
おじいちゃんの看病で母親が家にいなかったとき、自分でできる範囲内の手伝いを遊びに行かないで終わらせたときだって、怒られましたからね。
(これも当たり前なんだって)
『何をやっても褒められない・認められない』
そんな風に思って育ってきたうちが、自分に自信がもてると思います?
『どうせ良くても悪くても怒られるなら自分が納得できる程度でやめる』
これは逃げだと思うけど、怒られた後のダメージは減りますもん。
【長くなったので②に続く】