身体は自分仕様の幸せへのナビがインプットされている自動運転の車
そのまま乗ってるだけで幸せの流れにのって進んでいく
でもちゃんと運転席に座ってエンジンをかけないと発進しない
そのまま行き先を入れずに進んでも幸せの流れにはのっていける
でもこの世界には自分の震えと共鳴する宝箱が散りばめられている
その震えをナビに入れると、身体と言う車は最短のスムーズなコースで連れて行ってくれる
細かく位置情報を入れるほど正確にたどり着く
運転席の私が変な所でアクセル踏んだりブレーキかけたりしなければ
運転席の私はただナビを入れて自動運転を信じて周りの景色を楽しんだり、途中の素敵なカフェで休憩したり、車にガソリン入れたり、洗車してメンテナンスしたら良い
たまに同乗者を乗せて同じ道を楽しむだろう。運転席を渡すこともあるかもしれない。でも自分の車に一生他人が乗っているという事はない。身体と言う車は1人に1台というルールなんだ。
自分がどんな車に乗ってるか知ることも重要
スポーツカーに憧れて軽が200キロだし続けたら壊れてしまう
でも軽は小回りが利いて色んな小道をスイスイ行ける
その小道の途中に宝箱が置いてあるかもしれない
車がないとどこにも行けず、何も出来ないが、車もまた運転手がいないと動かない
沢山の荷物を車に積んで、動きが遅かったり、メンテナンスしないまま動かし続けてガタガタだったり、いつも手入れしてピカピカだったり、街には色んな車が溢れてる
日本ではそんなガタガタな車はあんまりみないけどね。
手入れする場所も道具もすぐ手に入る。運転手がそうするかしないかってだけ。
それだけ日本は環境が良いと言うこと。
屋台骨が背骨で、色んな配線が神経で、自分仕様に出来上がってるこの身体と共に進む道が自分の世界となる
この身体と一生一緒にいるって約束したやん!と、5歳くらいの私と旦那さんが話してる夢を見て、目覚めてボーッとしてたら湧き上がってきた考えを、忘れないように書いてみた。
あらためて身体と仲良くしよう